2016年5月19日木曜日

平成28年度 刑事訴訟法の伝聞について

 平成28年度 刑事訴訟法の伝聞について
今年の司法試験でも伝聞証拠の問題が出ましたが,今年も伝聞・非伝聞の区別を問われました。
伝聞・非伝聞の区別に関しては,拙著のコア・カリキュラム刑事訴訟法において想定される類型をすべて挙げて,区別基準,要証事実,立証趣旨等の詳しく解説しているので,これを読んだ人はできていたように思います。

まず,一般論を確認しましょう。
以下,コア・カリキュラム刑事訴訟法で伝聞証拠の箇所も参考にしてください。
伝聞証拠とは,①公判廷外の供述を内容とする証拠で,②供述内容の真実性を立証するためのものをいう(コアカリ刑訴1001頁)。
伝聞証拠,すなわち320条1項が証拠能力を否定する「供述」証拠かどうかは,常に,要証事実と証拠との関係によって相対的に決せられる(コアカリ刑訴1011頁)。

伝聞・非伝聞の区別を理解するポイントは,次の2点。
① 要証事実という概念を正確に理解しているか?
② 要証事実との関係で供述内容の真実性が問題となるか?

まず,要証事実の概念を確認しましょう。

要証事実とは,具体的な訴訟の過程でその証拠が立証するものと見ざるを得ないような事実をいう(コアカリ刑訴1014頁)。

これは,コア・カリキュラム刑事訴訟法にちゃんと書かれている重要な定義ですね。
「具体的な訴訟の過程でその証拠が立証するもの」というのは,訴訟経過の証拠関係や争点との関係から証明が必要とされる事実ということを意味します。

したがって,どういう点が争点として争われていて,どのような事実について立証を要するのか,その証明に役立つ証拠とは何か,ということを訴訟経過に照らして,まず確定する必要があります。
伝聞証拠が,「要証事実との関係で相対的に判断される」という意味もこのような要証事実の概念を前提とするところにあります。要証事実によって,供述内容の真実性が問題となるかならないかが変ってくるからです。

例えば,強姦事件の被害者が犯行時以前から被害者が被告人のことを「いやらしいことばかりするから嫌いだ」という趣旨の発言をしていたという場合,それが被告人の犯意を基礎付けるためのに必要な証拠として主張される場合,いやらしいことをしていたという供述内容が真実であるこそ,被告人が被害者を姦淫しようとしていたことを合理的に推認できるということになります。
他方,被告人から本件犯行は和姦であったと争われて,この点が争点となっている場合,被害者が被告人のことを嫌いだという心理状態の供述から,嫌悪の感情を持つという人と和姦が成立するとはいえないだろうという推認をすることができるので,意思に反する性交渉であったとの立証が可能になります。
以上については,コア・カリキュラム刑事訴訟法1024頁のケース⑪の最判昭和 30 年 12 年 9 日(刑集 9 巻 13 号 2699 頁)を参照してください。詳しく解説しています。

このように,訴訟経過との関係で要証事実というのが変ってきます。もちろん,当事者主義の訴訟構造を持つ刑事訴訟手続においては当事者の設定した立証趣旨を尊重するのは当然で,これを参考に要証事実との関係で立証趣旨に意味を見いだせる限り,それに従うのが通例です。
しかし,論理的には,要証事実はあくまで客観的に判断されます。立証趣旨を参考にすることと,それに基づいて客観的に判断するということは両立するという点をまず確認しましょう。

では,本年度について考えてみましょう。

問題の伝聞供述は
甲:乙は,私にビニール袋に入った覚せい剤を2袋渡して,「帰るときは,K通りから帰るなよ。あそこは警察がよく検問しているから,遠回りでもL通りから帰れよ。お前が捕まったら,俺も刑務所行きだから気をつけろよ」と言いました。

まず,伝聞証拠に当たると想定することができるかについて考えてみましょう。

「帰るときは,K通りから帰るなよ。」

これは,発言内容の真実性が問題とならないことは明らかです。

「あそこは警察がよく検問しているから,遠回りでもL通りから帰れよ。」

この供述③からK通りに警察がよく検問しているということを推認する場合は,供述③の真実性が問題になります。よって,伝聞証拠といえそうですが,しかし,これはそもそも覚せい剤の譲渡の罪という犯罪事実との関係で考えれば,およそ立証に役立たない事実であることは容易に理解できるところでしょう。したがって,これが要証事実になることはなりません。

「お前が捕まったら,俺も刑務所行きだから気をつけろよ」

また,この供述③をもって,甲が捕まったら,乙も刑務所行きになるということの真実性の有無は問題となりえません。乙が刑務所行きになるとすれば,それは乙が犯罪者として逮捕,起訴され,有罪の実刑判決をくらった場合ですが,この供述③の内容の真実性の有無によってそれが左右されるわけではありません。したがって,この発言の内容の真実性を要証事実としたところで,およそ犯罪立証の役には立ちません。役に立つとすれば,以下の検討するように,このような発言をしたという存在から警察に逮捕されるおそれを乙は有していたということから,乙と犯罪行為を行った,具体的には覚せい剤の譲渡を行ったという事実を推認する場合です。

以上より,供述③の内容の真実性を要証事実とすることは,いずれも犯罪事実との関連性を欠くため,これを要証事実とすることはできません。
これは,本問の前提事項です。

そこで,具体的に本問の訴訟経過に照らして,何を立証すべきかを考えてみましょう。
本問では,公判整理前手続で争点が絞られています。
これによって,争点との関係で証明すべき対象事実が見えてきます。ここでは次の2点が争点とされています。
ⅰ 乙方において,乙が甲に覚せい剤を譲り渡したか
ⅱ ⅰの際に,乙に,覚せい剤であるとの認識があったか
したがって,甲の供述③もこの争点ⅰと争点ⅱとの関係で何らかの立証に役立つ内容かどうかを考えることが出発点です。
その際には,本件の訴因が,乙の覚せい剤譲渡の罪であることが前提であることを確認しましょう。当然のことですが,伝聞・非伝聞の区別の問題は,特定の犯罪の証明のために立証を要するという意味と,伝聞証拠という証拠との関係を体系的に理解していることが極めて重要です。

そこで,争点ⅰ・ⅱとの関係で,供述③を見てみましょう。

まず,覚せい剤譲渡の事実を要証事実とすることはできるでしょうか?
供述③自体にはそもそも覚せい剤を譲渡したといった内容は含まれていません。したがって,これを要証事実とすることはできないというのが通常の理解でしょう。仮にそのように発言したとしたら,その内容の真実性が問題となるので,伝聞証拠に当たるということになります。
そこで,争点ⅰとの関係から考えられるのは,供述内容と無関係の事実を推論する情況証拠として用いるという方法です。
「供述内容と無関係の事実」ということで,供述内容の真実性はここでは問題となりません。
コア・カリキュラム刑事訴訟法の伝聞・非伝聞の区別に関するケース⑦を参考にしてください(コアカリ刑訴1020頁)。

供述③の「お前が捕まったら,俺も刑務所行きだから気をつけろ」という部分は警察の逮捕を恐れていたということを,推認させる間接事実といえます。供述③からいえることは,警察の逮捕を恐れていたということだけですが,その理由を覚せい剤を甲に譲渡した事実とともに考えると,当該行為による覚せい剤取締法違反の罪で逮捕されることを恐れていたと推認できます。つまり,警察の逮捕を恐れていたということと,それが甲への覚せい剤の譲渡行為時になされた発言ということからすると,甲に渡された物が覚せい剤の譲渡という犯罪として禁止されている行為をしたからこそ供述③の発言がなされたと推認することができます。この場合,乙の発言内容の真実性は問題となりません。供述③の発言自体を覚せい剤譲渡の間接事実として要証事実としているからです。これは,供述③が甲への覚せい剤譲渡の際になされていることから,合理的に推認できることです。したがって,要証事実は覚せい剤を譲渡した際になされた供述③の存在と考えることができます。
注意すべき点は,ただ何らかの理由で逮捕を恐れていたというだけでは,覚せい剤の譲渡や覚せい剤の認識まで推認することはできないということです。しかも,ただ警察の逮捕を恐れていたというだけでは,犯罪事実の立証には役立ちません。その意味では,ただ発言の存在自体が要証事実となるという結論だけを言ったところで,何ら論証したことにもなりませんし,それだけを要証事実として犯罪立証に役立つという点で誤りということになります。気をつけましょう。

(これは相当苦しいと思いますが)もう1つ考えられるものとしては,行為の言語的部分という考えです。
コア・カリキュラム刑事訴訟法の伝聞・非伝聞の区別でケース⑥で挙げられている例を参照してください(コアカリ刑訴1020頁)。
これは,「はい,お年玉!」と言って,お金を渡す行為は,当該金銭の授受が贈与の趣旨だということを意味するものといえますが,この際における「はい,お年玉!」という発言はこの行為の一部としてみることができるという考えです。行為の言語的部分として行為に随伴する言葉を証拠として用いる場合,行為者の真意は問題となりません。したがって,非伝聞となると解されています。

本問の場合,乙は,私にビニール袋に入った覚せい剤を渡して,供述③の発言をしています。たしかに,供述③において「はい,覚せい剤!」とか発言しているわけではありませんが,警察に捕まるおそれがあることを暗に示唆していることから黙示的に渡した物が覚せい剤という趣旨の供述内容であるということは可能かもしれません。このような理屈を挙げれば,非伝聞という主張は可能となります。が,やはり黙示的という主張には無理があるように個人的には思います。上述の覚せい剤を譲渡した際になされた供述③の存在を要証事実とすることが無難でしょう。


次に争点ⅱとの関係で考えてみましょう。覚せい剤を乙に譲渡したという実行行為時に,乙にそれが覚せい剤であることの認識があったということが争点とされています。これが認められないと故意がないということになります。そのため,故意の立証に供述③が役立つものといえるかを考えればいいということになります。
争点ⅱは覚せい剤の認識の有無ですが,上述のとおり,警察の逮捕を恐れていたという心理状態の供述に加えて,甲に覚せい剤を渡していた事実と合わせて考えると,警察に逮捕されることを恐れていた理由は,甲に渡した覚せい剤について認識しており,当該行為が覚せい剤取締法違反という罪に当たることを理解していたからこそといえます。

したがって,争点ⅱについては発言当時の心理状態を要証事実として,通説・判例に従って非伝聞という結論を導き出すことができます。

いずれにしても,最も重要な点は,法的三段論法に従って,伝聞法則との関係,要証事実の意味,本件における要証事実の内容を正確に指摘することだと思います。すでに指摘しましたが,ただ「発言自体の存在自体が本件では要証事実となる」という結論のみでは評価されませんので,注意してください。

それから,当然のことですが,心理状態の供述は供述内容との関係で判断されるので,供述内容が具体的であるとか,長いとか,とういった理由から該当性が左右される性質のものではありません。発言当時の心理状態の供述の意味を正確に理解しましょう。
また,これもコア・カリキュラム刑事訴訟法で詳しく解説してますが,要証事実は,その名の通り証明を要する事実です。したがって,覚せい剤の認識があったという直接証拠となるような内容ではない供述③から要証事実を覚せい剤の認識や覚せい剤の譲渡の事実ということはできません。
供述③から推認できる警察の逮捕をおそれていたという認識は,争点ⅰまたはⅱの事実を推認させる間接事実でしかありません。本問では,色々考えられ得る推認できそうな間接事実から争点ⅰやⅱを推認できそうなものが要証事実として設定することが要求されます。間接証拠の事実認定と同じく,間接証拠から主要事実を直接推認するような論述は明らかに誤りです。これと同じで,「覚せい剤の故意が要証事実である」という論述は誤りです。供述③から故意を直接推認することはできません。

伝聞・非伝聞の区別は,論点として押えても使いものになりません。体系的に理解することが求められるものであり,それゆえこの点に気がついていない方はいつまでたっても問題に対応できないままになってしまうおそれがあります。
伝聞「証拠」は,証拠の問題であり,その証拠のもつ意味,立証の対象,事実認定といった証拠法の基本を前提とするものです。この点に注意してください。
コア・カリキュラム刑事訴訟法(第2版)では,この点について詳しく記載してあります。
是非,拙著を見てください。購入ページで,十分なサンプルを参照できます。