2017年2月8日水曜日

コア・カリキュラム刑事訴訟法等の試験直前セール及び今後の予定について

ご質問があったので,この機会にお答えしておこうと思います。
ご質問の内容は以下のようなものです。

 コア・カリキュラム刑事訴訟法と趣旨規範ガイドブックの使い方 の コアカリキュラムのサンプルを拝見し感銘を受けました。早速、給料日に購入させていただきます。刑訴以外ですと、同様のコンセプトに沿った基本書なりテキストは何がありますでしょうか?市販の基本書等でお勧めを各科目にてご紹介くださると助かります。よろしくお願いいたします。
 
うれしいコメントありがとうございます。
現時点の既刊分は,以下のとおりになります。
    ・ ①  司法試験における.コア・カリキュラムの覚書
    ・ ②  コア・カリキュラム民法 第1編 民法総則(要件事実論フォロー)
    ・ ③  趣旨規範ガイドブック 民法総則(単品)
    ・ ④  最新判例(刑事訴訟法)H24
    ・ ⑤  コア・カリキュラム 刑事訴訟法[第3版]
    ・ ⑥  趣旨規範ガイドブック 刑事訴訟法[第2版]

刑訴は,③~⑥で,多くの方に試験対策ツールとしてご利用いただいています。
刑訴以外ですが,民法の総則(②③)のみ完成しています。本書の特徴は,コア・カリキュラムにそった民法総則の知識のみではなく,短答の過去問もできる限り網羅している点と,要件については,要件事実に即して解説されているところです。
特に,民法総則に関する要件事実は試験においてもよく出題されているところで,重要なテーマでもあり,民法総則と要件事実を別々に勉強するという非効率的な学習をしないような配慮が随所になされています。
是非,以下のURLでサンプルを御覧ください。
https://www.dlmarket.jp/products/detail.php?product_id=225589

②コア・カリキュラム民法総則は,600ページ近くあるのですが,本書にはコンパクトなまとめノートの③趣旨規範ガイドブック(民法総則)も,付いております。
また,③の単品のみの販売もしています。
https://www.dlmarket.jp/products/detail.php?product_id=227130

①は,コア・カリキュラムを使った試験対策方法について解説したもので,これは無料となっております。
https://www.dlmarket.jp/products/detail.php?product_id=191907


まだまだ全科目とはいきませんが,以上の①~⑥は,非常に司法試験対策(予備試験含む)に有効で,おすすめです。
現在,既刊分すべての①~⑥のセット販売のセール中で,14,920円のところ7,840円です。
ご購入予定であれば,この期間に是非,ご購入ください。
期間限定ですので,ご注意くださいませ。

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https://www.dlmarket.jp/products/detail.php?product_id=446771


まだ未定ですが,3月以降に,刑法の構成要件まとめ論証集のようなものも販売しようかと思案中です(未定ですが)。
内容的には,趣旨規範ガイドブック刑事訴訟法とコア・カリキュラム刑事訴訟法の間くらいのもので,①基本事項の定義,趣旨,要件・効果等の整理,②基本論点の論証,当てはめのポイント,③構成要件の整理,文言の意味などをまとめたものにする予定です。
発売の際には,Twitterで告知させていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。
https://twitter.com/juken_law

市販のおすすめの基本書等は,次回の記事でご紹介できればと思います。

2017年1月18日水曜日

コア・カリキュラム刑事訴訟法と趣旨規範ガイドブックの使い方

受験王です。
ご無沙汰しております。

この度,コア・カリキュラム刑事訴訟法の第3版,および,趣旨規範ガイドブック刑事訴訟法の第2版の出版を記念して,コア・カリキュラム刑事訴訟法と趣旨規範ガイドブックの使い方について,説明しておこうと思います。

とは言うものの,「使い方」というのは,受験生の求めるものやレベルなどで異なってくるものです。
ここで説明する「使い方」というのは,オーソドックスなもので,かつ,試験直前期ということを踏まえて,まず押えるべきことを確認するという趣旨から,こういう使い方がおすすめですというものを説明しようとおもいます。

コア・カリキュラム刑事訴訟法[第3版]になって,さらに試験対策面で パワーアップしました。
本書の詳細については,以下でサンプルやはしがき,第3版での追加点を御覧ください。
https://www.dlmarket.jp/products/detail.php?product_id=446226

コア・カリキュラム刑事訴訟法は,司法試験および予備試験に完全対応するため,必要十分な情報を網羅しています。本書を利用すれば,別途,百選や基本書を使う必要はありません。
ただし,その反面として,百選等の参考書を不要とするほどの情報量のため,1400ページを超える大著となっています。これは,決して難解な情報が膨大にあるというわけではなく,わかりやすい説明や基本事項を深く理解するために基本事項について詳しく解説しているという理由によります。
したがって,コア・カリキュラム刑事訴訟法テキストを使用すれば,試験に必要な知識は十二分に得ることが可能です。
また,コア・カリキュラムの記載事項を参考に重要部分のみチェックできるように工夫しています。
もっとも,それでも試験対策,とりわけ論文対策のための知識や応用力を身につけたいという場合,本書を使いこなすのはやや難しいかもしれません。

そこで,これを可能にするのが,「趣旨規範ガイドブック刑事訴訟法」です。
詳細については,以下を御覧ください。
 https://www.dlmarket.jp/products/detail.php?product_id=446458

「ガイドブック」の名前のとおり,1400以上もある刑事訴訟法の世界を試験対策のための道筋をガイドしてくれるものです。そのため,本書は100ページ未満のコンパクトなサイズで,コア・カリキュラム刑事訴訟法の試験対策情報を要点よくまとめています。
ガイドブックという性質を有する趣旨規範ガイドブック刑事訴訟法ですが,同時に,司法試験対策ツールとしての性質を併有しています。

まず,趣旨規範ガイドブック刑事訴訟法は,司法試験対策ツールとして論証集という側面もあります。むしろ,この部分がメインといえるでしょう。
趣旨規範ガイドブック刑事訴訟法は,コア・カリキュラム刑事訴訟法と同じ体系で,絶対に押えるべき論点およびその論証があります。しかも,時間との勝負の司法試験では長い論証は使えないどころか,使った結果当てはめが薄くなるというのでは本末転倒ですので,司法試験で使える実戦的な論証を掲載しています。特に重要なものについては,ショートバージョンとロングバージョンの2つ掲載しています。

一般的な論証集と異なり,現在の司法試験の論文においては出題される可能性が低いものは削除しつつも,重要なものについては直近の判例に関するものでも論証を追加しています。
また,重要論点については,論証だけではなく,重要な関連情報や当てはめに役立つ情報などのポイントも記載されています。これは,既存の論証のみをまとめた論証集とは異なります。
例えば,訴因変更の要否については,以下のようになっています。


上記のとおり,訴因変更の要否に関する論証は ,最決平成13年4月11日(刑集55巻3号127頁[百46])の立場です。そして,短縮バージョンも掲載しています。時間がない場合で最低限押えるべき部分ということなので,まずこの短縮バージョンを暗記することが必要です。
もっとも,この論証を暗記したところで,初学者は,過失犯の訴因変更について適切な解答を導くことは,まず無理でしょう。
そもそも,訴因変更の要否といっても,過失犯の訴因変更の場合,いったいどの訴因事実が審判対象に不可欠な事実なのかが必ずしも自明ではありません。そのため,過失犯における訴因記載事実の意味が3つあり,どの事実が訴因変更との関係でどう考えるべきかについて,ポイントのみ解説しています。
過失犯の訴因変更に関する論証をあえて記載していないのは,上記平成13年判例との関係で,具体的に過失犯における訴因変更として問題となる場面が様々あり,ただ論証を暗記しただけでは十分に試験問題に対応できないからです。そのような論証を暗記しただけで安心するおそれがあるとするのならば,それは むしろ「論証パターンの弊害」というものでしょう。
以上のような考えから,基本として押えるべき論点・論証と理解するための基本事項を適切に分類しています。
そして,本書がガイドブックとして機能するために,論点ごとにコア・カリキュラム刑事訴訟法の参照ページを記載しています。訴因変更の要否については,コア・カリキュラム刑事訴訟法565ページを参照すれば,詳しい考え方が以下のように確認できます。



また,過失犯の訴因変更については,平成13年判例における訴因変更の考え方をどのように適用していくのかということも,コア・カリキュラム刑事訴訟法で確認することができます。過失犯の訴因変更は,判例の事案との関係で,平成13年判例の位置付け等をチェックすることが重要です。
 このように,コア・カリキュラム刑事訴訟法は詳細に解説しています。もっとも,これは理解を深めるためのものです。これで理解度が深くなれば,趣旨規範ガイドブック刑事訴訟法の関連情報もより効率よく確認できるでしょう。
そこで,趣旨規範ガイドブック刑事訴訟法とコア・カリキュラム刑事訴訟法の利用の仕方としては,以下のような方法があります。これは,初学者だけでなく,上級者でも穴をつぶすという意味では,おすすめです。

  1. まず,趣旨規範ガイドブック刑事訴訟法の論証部分を暗記することが,重要です。理解するための暗記,暗記するための理解と,「暗記」と「理解」とは相互互恵関係にあるといえます。
  2. 次に,論証について理解できない部分があれば,コア・カリキュラム刑事訴訟法でチェック。ここまでで,コア・カリキュラム刑事訴訟法の重要部分をチェックしたことになります。
  3. なんでもいいので答案付の問題(過去問や演習書の問題)を解きましょう。演習を実際にして,わからない部分などをコア・カリキュラム刑事訴訟法で確認して,さらに穴をつぶします。趣旨規範ガイドブック刑事訴訟法で基本論点の論証を暗記しているのであれば,初学者でもそれなりに書けるはずです。ここでは,同時に,答案の書き方をマスターするように努めましょう。 
  4. 趣旨規範ガイドブック刑事訴訟法を回して,関連情報について,記載内容だけでその概要を理解しているかをチェックして,論証部分も含めて全部を回しましょう。理解が進んでいればいるほど,すぐに回すことができます。
  5. 過去問をつぶしましょう。合格答案をチェックして自分の作成した答案を検討しましょう。理解が進んでいれば,合格答案のレベルはそれほど高いわけではないということに気がつくはずです。 

このように,必ずしもコア・カリキュラム刑事訴訟法をすべて熟読する必要はありません。必要に応じて参照する使い方がおすすめです。特に,重要論点で理解が不十分な受験生は少なくありません。とりわけ,伝聞については,コア・カリキュラム刑事訴訟法で十分に理解を深めることがおすすめです。
また,強制処分や任意処分については,趣旨規範ガイドブック刑事訴訟法で論証を暗記して,コア・カリキュラム刑事訴訟法で判例をチェックするなどの使い方もおすすめです。

趣旨規範ガイドブック刑事訴訟法は,コア・カリキュラム刑事訴訟法の「ガイドブック」としての性質とともに,必要不可欠な重要な基本事項をチェックできるという性質を有しているので,初学者にとっても有益です。
また,関連情報を基本論点との関連で押えることで,応用力も身につけることができますので,上級者にとっても有益です。
是非,この両書を使って,素早く基本をマスターしてください。

今だけ特価販売中です。 

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2016年5月19日木曜日

平成28年度 刑事訴訟法の伝聞について

 平成28年度 刑事訴訟法の伝聞について
今年の司法試験でも伝聞証拠の問題が出ましたが,今年も伝聞・非伝聞の区別を問われました。
伝聞・非伝聞の区別に関しては,拙著のコア・カリキュラム刑事訴訟法において想定される類型をすべて挙げて,区別基準,要証事実,立証趣旨等の詳しく解説しているので,これを読んだ人はできていたように思います。

まず,一般論を確認しましょう。
以下,コア・カリキュラム刑事訴訟法で伝聞証拠の箇所も参考にしてください。
伝聞証拠とは,①公判廷外の供述を内容とする証拠で,②供述内容の真実性を立証するためのものをいう(コアカリ刑訴1001頁)。
伝聞証拠,すなわち320条1項が証拠能力を否定する「供述」証拠かどうかは,常に,要証事実と証拠との関係によって相対的に決せられる(コアカリ刑訴1011頁)。

伝聞・非伝聞の区別を理解するポイントは,次の2点。
① 要証事実という概念を正確に理解しているか?
② 要証事実との関係で供述内容の真実性が問題となるか?

まず,要証事実の概念を確認しましょう。

要証事実とは,具体的な訴訟の過程でその証拠が立証するものと見ざるを得ないような事実をいう(コアカリ刑訴1014頁)。

これは,コア・カリキュラム刑事訴訟法にちゃんと書かれている重要な定義ですね。
「具体的な訴訟の過程でその証拠が立証するもの」というのは,訴訟経過の証拠関係や争点との関係から証明が必要とされる事実ということを意味します。

したがって,どういう点が争点として争われていて,どのような事実について立証を要するのか,その証明に役立つ証拠とは何か,ということを訴訟経過に照らして,まず確定する必要があります。
伝聞証拠が,「要証事実との関係で相対的に判断される」という意味もこのような要証事実の概念を前提とするところにあります。要証事実によって,供述内容の真実性が問題となるかならないかが変ってくるからです。

例えば,強姦事件の被害者が犯行時以前から被害者が被告人のことを「いやらしいことばかりするから嫌いだ」という趣旨の発言をしていたという場合,それが被告人の犯意を基礎付けるためのに必要な証拠として主張される場合,いやらしいことをしていたという供述内容が真実であるこそ,被告人が被害者を姦淫しようとしていたことを合理的に推認できるということになります。
他方,被告人から本件犯行は和姦であったと争われて,この点が争点となっている場合,被害者が被告人のことを嫌いだという心理状態の供述から,嫌悪の感情を持つという人と和姦が成立するとはいえないだろうという推認をすることができるので,意思に反する性交渉であったとの立証が可能になります。
以上については,コア・カリキュラム刑事訴訟法1024頁のケース⑪の最判昭和 30 年 12 年 9 日(刑集 9 巻 13 号 2699 頁)を参照してください。詳しく解説しています。

このように,訴訟経過との関係で要証事実というのが変ってきます。もちろん,当事者主義の訴訟構造を持つ刑事訴訟手続においては当事者の設定した立証趣旨を尊重するのは当然で,これを参考に要証事実との関係で立証趣旨に意味を見いだせる限り,それに従うのが通例です。
しかし,論理的には,要証事実はあくまで客観的に判断されます。立証趣旨を参考にすることと,それに基づいて客観的に判断するということは両立するという点をまず確認しましょう。

では,本年度について考えてみましょう。

問題の伝聞供述は
甲:乙は,私にビニール袋に入った覚せい剤を2袋渡して,「帰るときは,K通りから帰るなよ。あそこは警察がよく検問しているから,遠回りでもL通りから帰れよ。お前が捕まったら,俺も刑務所行きだから気をつけろよ」と言いました。

まず,伝聞証拠に当たると想定することができるかについて考えてみましょう。

「帰るときは,K通りから帰るなよ。」

これは,発言内容の真実性が問題とならないことは明らかです。

「あそこは警察がよく検問しているから,遠回りでもL通りから帰れよ。」

この供述③からK通りに警察がよく検問しているということを推認する場合は,供述③の真実性が問題になります。よって,伝聞証拠といえそうですが,しかし,これはそもそも覚せい剤の譲渡の罪という犯罪事実との関係で考えれば,およそ立証に役立たない事実であることは容易に理解できるところでしょう。したがって,これが要証事実になることはなりません。

「お前が捕まったら,俺も刑務所行きだから気をつけろよ」

また,この供述③をもって,甲が捕まったら,乙も刑務所行きになるということの真実性の有無は問題となりえません。乙が刑務所行きになるとすれば,それは乙が犯罪者として逮捕,起訴され,有罪の実刑判決をくらった場合ですが,この供述③の内容の真実性の有無によってそれが左右されるわけではありません。したがって,この発言の内容の真実性を要証事実としたところで,およそ犯罪立証の役には立ちません。役に立つとすれば,以下の検討するように,このような発言をしたという存在から警察に逮捕されるおそれを乙は有していたということから,乙と犯罪行為を行った,具体的には覚せい剤の譲渡を行ったという事実を推認する場合です。

以上より,供述③の内容の真実性を要証事実とすることは,いずれも犯罪事実との関連性を欠くため,これを要証事実とすることはできません。
これは,本問の前提事項です。

そこで,具体的に本問の訴訟経過に照らして,何を立証すべきかを考えてみましょう。
本問では,公判整理前手続で争点が絞られています。
これによって,争点との関係で証明すべき対象事実が見えてきます。ここでは次の2点が争点とされています。
ⅰ 乙方において,乙が甲に覚せい剤を譲り渡したか
ⅱ ⅰの際に,乙に,覚せい剤であるとの認識があったか
したがって,甲の供述③もこの争点ⅰと争点ⅱとの関係で何らかの立証に役立つ内容かどうかを考えることが出発点です。
その際には,本件の訴因が,乙の覚せい剤譲渡の罪であることが前提であることを確認しましょう。当然のことですが,伝聞・非伝聞の区別の問題は,特定の犯罪の証明のために立証を要するという意味と,伝聞証拠という証拠との関係を体系的に理解していることが極めて重要です。

そこで,争点ⅰ・ⅱとの関係で,供述③を見てみましょう。

まず,覚せい剤譲渡の事実を要証事実とすることはできるでしょうか?
供述③自体にはそもそも覚せい剤を譲渡したといった内容は含まれていません。したがって,これを要証事実とすることはできないというのが通常の理解でしょう。仮にそのように発言したとしたら,その内容の真実性が問題となるので,伝聞証拠に当たるということになります。
そこで,争点ⅰとの関係から考えられるのは,供述内容と無関係の事実を推論する情況証拠として用いるという方法です。
「供述内容と無関係の事実」ということで,供述内容の真実性はここでは問題となりません。
コア・カリキュラム刑事訴訟法の伝聞・非伝聞の区別に関するケース⑦を参考にしてください(コアカリ刑訴1020頁)。

供述③の「お前が捕まったら,俺も刑務所行きだから気をつけろ」という部分は警察の逮捕を恐れていたということを,推認させる間接事実といえます。供述③からいえることは,警察の逮捕を恐れていたということだけですが,その理由を覚せい剤を甲に譲渡した事実とともに考えると,当該行為による覚せい剤取締法違反の罪で逮捕されることを恐れていたと推認できます。つまり,警察の逮捕を恐れていたということと,それが甲への覚せい剤の譲渡行為時になされた発言ということからすると,甲に渡された物が覚せい剤の譲渡という犯罪として禁止されている行為をしたからこそ供述③の発言がなされたと推認することができます。この場合,乙の発言内容の真実性は問題となりません。供述③の発言自体を覚せい剤譲渡の間接事実として要証事実としているからです。これは,供述③が甲への覚せい剤譲渡の際になされていることから,合理的に推認できることです。したがって,要証事実は覚せい剤を譲渡した際になされた供述③の存在と考えることができます。
注意すべき点は,ただ何らかの理由で逮捕を恐れていたというだけでは,覚せい剤の譲渡や覚せい剤の認識まで推認することはできないということです。しかも,ただ警察の逮捕を恐れていたというだけでは,犯罪事実の立証には役立ちません。その意味では,ただ発言の存在自体が要証事実となるという結論だけを言ったところで,何ら論証したことにもなりませんし,それだけを要証事実として犯罪立証に役立つという点で誤りということになります。気をつけましょう。

(これは相当苦しいと思いますが)もう1つ考えられるものとしては,行為の言語的部分という考えです。
コア・カリキュラム刑事訴訟法の伝聞・非伝聞の区別でケース⑥で挙げられている例を参照してください(コアカリ刑訴1020頁)。
これは,「はい,お年玉!」と言って,お金を渡す行為は,当該金銭の授受が贈与の趣旨だということを意味するものといえますが,この際における「はい,お年玉!」という発言はこの行為の一部としてみることができるという考えです。行為の言語的部分として行為に随伴する言葉を証拠として用いる場合,行為者の真意は問題となりません。したがって,非伝聞となると解されています。

本問の場合,乙は,私にビニール袋に入った覚せい剤を渡して,供述③の発言をしています。たしかに,供述③において「はい,覚せい剤!」とか発言しているわけではありませんが,警察に捕まるおそれがあることを暗に示唆していることから黙示的に渡した物が覚せい剤という趣旨の供述内容であるということは可能かもしれません。このような理屈を挙げれば,非伝聞という主張は可能となります。が,やはり黙示的という主張には無理があるように個人的には思います。上述の覚せい剤を譲渡した際になされた供述③の存在を要証事実とすることが無難でしょう。


次に争点ⅱとの関係で考えてみましょう。覚せい剤を乙に譲渡したという実行行為時に,乙にそれが覚せい剤であることの認識があったということが争点とされています。これが認められないと故意がないということになります。そのため,故意の立証に供述③が役立つものといえるかを考えればいいということになります。
争点ⅱは覚せい剤の認識の有無ですが,上述のとおり,警察の逮捕を恐れていたという心理状態の供述に加えて,甲に覚せい剤を渡していた事実と合わせて考えると,警察に逮捕されることを恐れていた理由は,甲に渡した覚せい剤について認識しており,当該行為が覚せい剤取締法違反という罪に当たることを理解していたからこそといえます。

したがって,争点ⅱについては発言当時の心理状態を要証事実として,通説・判例に従って非伝聞という結論を導き出すことができます。

いずれにしても,最も重要な点は,法的三段論法に従って,伝聞法則との関係,要証事実の意味,本件における要証事実の内容を正確に指摘することだと思います。すでに指摘しましたが,ただ「発言自体の存在自体が本件では要証事実となる」という結論のみでは評価されませんので,注意してください。

それから,当然のことですが,心理状態の供述は供述内容との関係で判断されるので,供述内容が具体的であるとか,長いとか,とういった理由から該当性が左右される性質のものではありません。発言当時の心理状態の供述の意味を正確に理解しましょう。
また,これもコア・カリキュラム刑事訴訟法で詳しく解説してますが,要証事実は,その名の通り証明を要する事実です。したがって,覚せい剤の認識があったという直接証拠となるような内容ではない供述③から要証事実を覚せい剤の認識や覚せい剤の譲渡の事実ということはできません。
供述③から推認できる警察の逮捕をおそれていたという認識は,争点ⅰまたはⅱの事実を推認させる間接事実でしかありません。本問では,色々考えられ得る推認できそうな間接事実から争点ⅰやⅱを推認できそうなものが要証事実として設定することが要求されます。間接証拠の事実認定と同じく,間接証拠から主要事実を直接推認するような論述は明らかに誤りです。これと同じで,「覚せい剤の故意が要証事実である」という論述は誤りです。供述③から故意を直接推認することはできません。

伝聞・非伝聞の区別は,論点として押えても使いものになりません。体系的に理解することが求められるものであり,それゆえこの点に気がついていない方はいつまでたっても問題に対応できないままになってしまうおそれがあります。
伝聞「証拠」は,証拠の問題であり,その証拠のもつ意味,立証の対象,事実認定といった証拠法の基本を前提とするものです。この点に注意してください。
コア・カリキュラム刑事訴訟法(第2版)では,この点について詳しく記載してあります。
是非,拙著を見てください。購入ページで,十分なサンプルを参照できます。

2012年6月18日月曜日

コア7刑訴法ガイド 第1編 捜査 第1章 任意捜査と強制捜査


第1編                  捜査

 第1章     任意捜査と強制捜査


第1節               強制処分法定主義

● 「強制処分法定主義」の法文上の根拠と、その意義・趣旨について説明することができる。
コアカリキュラムの最初に理解すべき項目です。
当事者主義や実体的真実主義などが冒頭に説かれてきた従来の基本書と異なり、まずもって理解すべきがこの項目であるということがわかります。
そして、本項目の重要度は刑訴法でトップ3に入ります。捜査法においては第1位と言っても過言ではないでしょう。
したがって、ここで求められていることは確実に理解および暗記して下さい。量的にはそれほど膨大というわけではありません。ゆえに、他の受験生に負けるようなことは許されないと思って、「強制処分法定主義」の法文上の根拠と、その意義・趣旨について説明することができるようになって下さい。
ポイントは、197条但書の意味を理解するのと同時に、憲法31条をも射程にいれた理解をすることです。
ちなみに、従来の定義によると「任意処分」とは、憲法学における行政控除説と同じで、捜査上の処分から強制処分を控除した概念ですので、強制処分を理解することは任意処分の理解の前提になります。これは、強制処分の趣旨も踏まえて考えましょう。
● 「強制処分法定主義」と「令状主義」との関係・異同について説明することができる。
強制処分は、法律によらなければなしえないという意味で立法による制約です。
他方、令状発付判断権者が裁判官であることからわかるように、令状主義とは司法による制約です。
いずれも捜査活動に対する制約ですが、これらの違いを意識して本項目も十分に理解に努めましょう。

第2節               任意捜査と強制捜査の区別及びそれぞれの適法性の判断

第1款               任意捜査と強制捜査の区別

● 任意捜査と強制捜査との区別の基準について、判例の立場及び主要な考え方をふまえて説明することができる。
上述のとおり、任意処分は強制処分の理解が不可欠です。ですので、任意処分による捜査である任意捜査もまずもって強制処分の意味を理解しなければなりません。
この点については最決昭和51316日(昭和51年決定)の理解が最も重要です。
もっとも、学説における本決定の理解には若干その射程において争いがあります。
ここでは、一般的な理解として、多数説と本決定は整合性があると考えましょう。したがって、強制処分とは、相手の意思に反して、重要な権利・利益を制約する処分であるという多数説の理解は本決定と矛盾しないといえます。
この意味をコアカリ刑訴法で確認して下さい。
以上を前提に強制捜査の種類も確認しておきましょう。
● 有形力の行使を伴う捜査手段と、それを伴わない捜査手段(例えば、写真撮影)それぞれについて、上記の基準がどのように適用されるのかを説明することができる。
本項目も重要です。
ここでも強制処分の理解を前提としなければ正確な理解はできません。このことに注意しながら、強制捜査および任意捜査の位置づけ、これと写真撮影の関係を理解しましょう。
写真撮影の詳しい説明は後述になりますが、「写真撮影=任意処分」という画一的な理解は誤りですので注意して下さい。例えば、エックス線を使って撮影する場合、それは典型的な強制処分である「検証」になります。
強制処分の定義と照らし合わせて考えましょう。プライバシーは重要なものから制約が当然視されるものまであります。「プライバシー=(強制処分における)重要な利益」ではありません。犯罪が多発する公道におけるプライバシーの利益と、誰にも介入を許されないプライバシーの利益(例:トイレにいるときのプライバシー)は全く異なります。

第2款               強制捜査の適法性の判断

● 強制処分とされた捜査手段について、その適法性がどのように判断されるのかを説明することができる。
本項目も重要です。正確に理解および暗記に努めましょう。
ここでも昭和51年決定の理解を前提にします。コアカリ刑訴法で確認しましょう。

第3款               任意捜査の適法性の判断


● 任意処分とされた捜査手段について、その適法性判断の枠組みを、判例の立場をふまえて説明することができる。
本項目も前項目と同じく重要です。正確に理解および暗記に努めましょう。
ここでも昭和51年決定の理解を前提にします。昭和51年決定が何より指針になるということがこれまでのコアカリの項目で解りますね。
コアカリ刑訴法で、的確に二段階判断を理解して、そこでの規範および論じる順番を確認して下さい。これは必須事項です。
● 有形力の行使を伴う捜査手段と、それを伴わない捜査手段それぞれについて、具体的事案から事実を抽出したうえで、上記の判断枠組みに適用することができる
もちろん本項目も重要です。しかも、ここでは実際に論文対策に必要な理解が求められます。その意味で最重要といえます。
コアカリ刑訴法で本項目を確認すると同時に、論文作成における
     規範定立
     はてはめ
という基本も押さえましょう。これは論文対策としての基本です。

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2012年5月17日木曜日

24年度司法試験 刑訴法(論文)における最新判例出題予想



最新判例(刑事訴訟法)(最新判例刑訴法)をご購入いただいた受験生のために、充実したなかびを過ごしていただくために、復習優先度に関するコメントをしました。
優先度は、 

★=1
☆=0.5

で、ポイントで表しています。 三つ星(★★★)以上のものは、基本的に■本件のまとめ■を載せました。
最新判例刑訴法については以下のサイトを参照して下さい。
■ http://www.dlmarket.jp/product_info.php/products_id/194147

コアカリ刑訴法については以下のサイトを参照して下さい。 
■ http://www.dlmarket.jp/product_info.php/products_id/181369

■ 職務質問に伴う現場への留め置き
★★☆
東京高判平成22118日(高刑集6334頁[重判H231])
■本件のまとめ■
警察官が覚せい剤の自己使用の嫌疑のある被疑者を職務質問の開始から強制採尿令状の提示まで約4時間にわたり職務質問の現場に留め置いた措置は、職務質問の開始から約40分間が経過した時点で強制採尿令状の請求手続に取りかかっていたことなどからすれば、違法、不当とはいえない。
■試験対策上のコメント■
本判決の典型論点に関するものとしては重要度が高いです。しかし、本判決を知ってるかどうかはあまり問題ありません。
まず、職務質問の限界、留め置きの限界を確かめましょう。
次に、余力があれば本判決の特徴的部分である当てはめに注目しましょう。
それは、純然たる任意捜査の段階強制手続への移行段階とを分けて検討しているという部分です。強制手続の段階に入った時点では対象者の所在確保の必要性が高いことを重視した下位規範があります。もちろん、こんな下位規範を暗記する必要はありません。
ここで重要なことは一連の捜査において、どういった視点でどういう理由で留め置き等の必要性を考えるかということです。当てはめでもこの点に着目した書き方ができれば、問題によっては高得点になるでしょう。
もちろん、問題との関係で論じるべきかは考えなければなりません。知ってることを書き連ねることだけは止めましょう。他に書くべきことは多いですよ。

■ 被疑者方居室を令状により捜索中に同人あてに配達された荷物について捜索することの可否
★★★
最決平成1928日(刑集6111頁[重判H191])
■本件のまとめ■
     新たな住居権・管理権の侵害を生じるものではなく2191項が「捜索すべき場所」の記載を要求する趣旨に反しないこと
     令状呈示時点にある物に限定すると物の存否が偶然に左右されるおそれがあり不合理であること
     呈示時点の捜索場所に存在しない物におよぶとしても令状呈示の趣旨に反しないこと
から、被疑者方居室に対する捜索差押許可状により同居室を捜索中に被疑者あてに配達され同人が受領した荷物についても、同許可状に基づき捜索することができるものと解する。
■試験対策上のコメント■
本決定はロースクールで十分マスターしているべきものです。したがって、重要度は極めて高いです。
本決定は、最新判例刑訴法66頁以下の理由を理解することに尽きます。67頁以下の本決定の射程もこれで理解できます。


■ 被疑者の容ぼう等のビデオ撮影
★☆
最決平成20415日(刑集6251398頁[重判H201、コア上84132133頁])
■試験対策上のコメント■
本決定は、判例自体の価値としては重要性が高いですが、今年の試験で出題される可能性があるかというと低いと思われます。
ただ、最低限、任意捜査の限界において、緊急性、必要性、相当性の判断がどのようになされるのかという点については、当然知っておかなければなりません。


■ 捜査機関が被告人方玄関ドア付近を被告人の承諾を得ずにビデオカメラで撮影して得たビデオテープ
東京地判平成1762日(判時1930174頁[重判H181、コア上133頁])
■試験対策上のコメント■
本判決も最決平成20415日と同様に出題可能性は低いでしょう。
ただ、具体的な当てはめに関しては参考になります。

■ おとり捜査の許容性
最決平成16712日(刑集585333頁[重判H162、コア上140頁])
■試験対策上のコメント■
本決定もその判例としての価値は高いものの出題可能性としては低いです。

■ 接見申出と留置担当官・検察官の対応
★☆
最判平成1697日(判時187888頁[重判H163])
■試験対策上のコメント■
本判決は出題可能性としてはそれほど高くはありませんが、接見交通権自体は出題可能性が高い分野です。
そのため、本判決を復習する前に、まず接見指定の要件の確認をしましょう。この点に関しては、コアカリ刑訴法上161頁以下を参照して下さい。

■ 接見設備のない検察庁における「面会接見」
★★
最判平成17419日(民集593563頁[重判H172])
■試験対策上のコメント■
本判決は接見指定の限界との関係でも重要です。接見交通権という重要な権利を踏まえた利益衡量の視点で当てはめをすることが重要です。
そして、最新判例刑訴法の解説(102頁以下)を理解して下さい。利益衡量の視点が見えてくるはずです。接見指定の問題が出た場合、常に、1つしかない被疑者の身柄を弁護人と捜査機関とでどう調整すべきかを考えて下さい。


■ 誤ってした併合罪関係にある事実についての訴因変更請求と公訴時効停止の効力
最決平成181120日(刑集609696頁[重判H193、コア上199頁])
■試験対策上のコメント■
本決定そのものが出題される可能性は低いと思われます。したがって、復習の優先度としては、捜査、訴因、伝聞法則、自白、違法収集証拠排除法則、が十分といえてからにしましょう。
もっとも、基本的な事項については確認して下さい。少なくとも最新判例刑訴法113頁の解説「1 公訴時効の停止(1)」だけでも確認しておきましょう。この確認には1分もいりませんよ。

■ 麻薬特例法5 条の罪における訴因の特定
★★
最決平成171012日(刑集5981425頁[重判H173、コア上228頁])
■試験対策上のコメント■
本決定自体の重要度は試験対策としては高くありません。
しかし、そこでの考え方は極めて重要です。つまり、訴因の特定を具体的にどう行うべきかということです。ですので、まずもって最新判例刑訴法の解説「1 訴因の特定」は理解して下さい。本決定は最低まとめだけの確認でも結構です。それくらいこの解説部分の理解が重要です。
本決定よりも、最新判例刑訴法121頁以下の■これまでの判例のまとめ■が重要ですので、解説での規範の理解および具体的な当てはめをここでマスターして下さい。


■ かすがいに当たる児童淫行罪を起訴せず、児童ポルノ製造罪とその余の児童淫行罪を別々に起訴することの可否
★☆
東京高判平成171226日(判時1918122頁[重判H182])
■試験対策上のコメント■
本決定自体の出題可能性は低いです。ですので、本決定のまとめの後にある一罪の一部起訴に関するまとめを先に理解して下さい。こちらの方が出題可能性は高いです。考え方だけでも理解しておきましょう。

■ 交通業過事件における訴因変更
★★★
最決平成15220日(判時1820149頁[重判H152、コア上241頁])
■本件のまとめ■
検察官の当初の訴因における過失の態様を補充訂正したにとどまる場合、裁判所がこれを認定するためには、必ずしも訴因変更の手続を経ることを要しない
■試験対策上のコメント■
本決定は、試験対策的に極めて重要だと思います。
ただ、最優先すべきは最高裁平成13411日決定(刑集553127頁〔平成13年決定〕です。そこで、平成13年決定に関しては、最新判例刑訴法141頁以下で■平成13年決定のルール■としてまとめてあります。本決定の要旨およびそこから導かれる判例のルールをこれで確認して下さい。これは最優先です。
次は、コアカリ刑訴法で訴因変更の確認をして下さい。コアカリ刑訴法上235268頁にかけて具体例も含めて訴因変更に関する論点が網羅されています。これで訴因変更に関する議論はマスターできます。何が来ても大丈夫でしょう。
さらに時間がある場合に、復習を兼ねて最新判例の本決定の箇所を確認しましょう。
訴因に関してはこれで大丈夫でしょう。

■ 公判前整理手続後の訴因変更の許否
★☆
東京高判平成201118日(判タ1301307頁[重判H213])
■試験対策上のコメント■
本判決は試験的にも重要な公判前整理手続および訴因変更の許否という論点に関して新しい判断を示したものとして重要度は高いと思います。
出題可能性も低いとはいえないので、最新判例刑訴法で確認しておくことをおすすめしますが、本判決よりも、重要度の高い、上述の訴因変更(とりわけ平成13年決定の理解)、伝聞法則、自白、違法収集証拠排除法則をマスターすべきなのは上述のとおりです。

■ 情況証拠による犯罪事実の認定
最判平成22427日(刑集643233頁[重判H225、コア下3440頁])
■試験対策上のコメント■
本判決の試験絀大可能性自体は低いでしょう。したがって、本年度の受験生はこれを確認する優先度は低いものと思って下さい。
なお、現役のロースクール生に関しては本判決を熟読することをすすめます。それは本判決の論点を知れという意味ではなく、論文試験における事実の評価には多様性があるのだということを、本判決を通じて知るという意味で価値が極めて高いからです。
本判決を熟読して、多数意見や少数意見との事実に関する評価を学びましょう。少数意見とはいえそこでの説得力は参考に値しますよ。
 
■ 違法収集証拠排除の主張を基礎づける事実に関する証拠調べの方法
★☆
東京高判平成22126日(判タ1326280頁[重判H223])
■試験対策上のコメント■
本判決を理解する前に、証拠法総論の確認を最優先にしましょう。まず、コアカリ刑訴法下8頁以下で証拠能力の要件を要チェックです。伝聞証拠に関する論述もこの理解を前提にはじめて説得的にすることができます。
その次はコアカリ刑訴法10頁以下で厳格な証明と自由な証明の意味を正確に理解しましょう。特に自白の任意性に関する議論は絶対に押さえておいて下さい。
その次に、違法収集証拠排除法則の派生証拠の証拠能力に関する議論を確認しましょう。これは最新刑訴法249頁以下で、十分すぎるほど解説しています。
これができてから、最新判例刑訴法159頁以下を確認です。特に本判決においては、「証拠採用に関する合理的な裁量の範囲を逸脱している」という意味を理解して下さい。ここでは形式的に当該事実が厳格な証明の対象か、自由な証明の対象かという議論をしていません。
また、裁量逸脱認定において、当事者主義の観点も考慮されている点も確認しましょう。

■ 起訴されていない類似事実の立証
★★☆
大阪高判平成17628日(判タ1192186頁[重判H184、コア下25頁])
■試験対策上のコメント■
本判決は重要です。ですが、その前に最新判例刑訴法166頁以下の解説「1 類似事実の立証」を理解しましょう。ここが最優先です。
次に、本判決の具体的当てはめがどうなっているのかを確認して下さい。
なお、本判決では、弁護人がついて「精緻な弁護活動が行われてきたこと」も理由に類似事実の立証を許容していますが、本試験ではこのような理由付けはしないほうが無難です。なぜなら、「精緻な弁護活動」が刑事手続においてなされることは当たり前だからです。この当たり前のことを理由に類似事実の立証を許容するといった論述は、特に学者からは嫌われること必至です。
むしろ、それ以外の理由がちゃんと用意されていることも含めて、最新判例刑訴法166頁以下の解説「1 類似事実の立証」で復習して下さい。また、コアカリ刑訴法下23頁以下で悪性格の立証を復習しておきましょう。こちらの確認の方が優先度は高いです。

■ 同種前科による犯人性の認定
★★
東京高判平成23329日(判タ1354250頁[重判H234])
■試験対策上のコメント■
基本的に本判決も大阪高判平成17628日と同様のことがいえます。
まず、最新判例刑訴法166頁以下の解説「1 類似事実の立証」を理解しましょう。
次に最新判例刑訴法176頁の解説「1 同種前科による立証」という項目を確認して下さい。
具体的な当てはめに関しては参考になります。

■ 「合理的な疑いを差し挟む余地がない」の意義
最決平成191016日(刑集617677頁[重判H195、コア下3440頁])
■試験対策上のコメント■
本決定自体の出題可能性は低いと思われます。ですので、受験生は本決定の復習を後回しにして下さい。

情況証拠による犯罪事実の認定(前掲最判平成22427日)と同じことが言えるので、ロースクール生については、熟読することをすすめます。本決定で、事実の評価、認定過程を理解しましょう。試験問題で具体的に当てはめを行うときに有用な視点が本決定を通じて得られるはずです。
もっとも、本決定のみでは具体的当てはめという点では理解できない部分も多いと思われるので、まずは「合理的な疑いを差し挟む余地がない」という意味を最新判例刑訴法183頁以下の解説で理解して下さい。
■ 刑訴法3211項にいう「署名」と刑訴規則61
★★★
最決平成18128日(刑集6010837頁[重判H196、コア上65頁、コア下137頁])
■本件のまとめ■
     刑訴法3211項にいう「署名」には、規則61条の適用がある。
     供述録取書の供述者の署名を代書した立会人が規則612項所定の代書事由を記載しなかった場合でも、同録取書が、末尾にその作成者による代書事由の記載があり、立会人が同記載を見た上で自己の署名押印をしたと認められるような態様のものであるときは、刑訴法3211項にいう「署名」があるのと同視できる。
■試験対策上のコメント■
本決定は極めて重要です。ですが、その重要という意味は本決定が規則61条に着目したということだけを意味しません。まず、そもそも供述録取書における「署名」の意味を理解することが最優先です。
ですので、最新判例刑訴法190頁以下の解説「1 供述録取書における署名押印の意義」をまずもって確認して下さい。それと併せてコアカリ刑訴法下136頁に記載されている「1 供述書と供述録取書の違い」もちゃんと理解しておきましょう。もちろん、こんな基本事項は知ってるという方がほとんどだとは思いますが、供述書の具体例、供述録取書の具体例を知らない方が結構います。該当箇所で必ずチェックしておいて下さい。具体例を知らないと、当てはめの際にとんでもない失敗をする可能性があります。とはいえ、その確認はそんなに大変じゃないですよ。コアカリ刑訴法のたった4行ほどの具体例を確認するだけでもいいのですから。
もちろん、その次の「2 供述録取書における署名押印の意義」(コアカリ刑訴法下136頁)が重要ですから、絶対に確認しましょう。二重の伝聞の構造と署名・押印の関係が供述録取書を理解する上で最も重要といえます。この点は、最新判例刑訴法190頁での確認でも大丈夫ですよ。


■ 供述不能の意義
★★★
東京高判平成22527日(判タ1341250頁[重判H235])
■本件のまとめ■
     共犯者とされる証人が自らの刑事裁判が係属中であるなどの理由で証言を拒絶したが、他方で、被害者の遺族の立場を考えると証言したい気持ちがあると述べるなど、合理的な期間内に証言拒絶の理由が解消し、証言する見込みが高かったと認められる上、
     裁判所において公判前整理手続の時点で証言拒絶を想定し得たのに、検察官に対して証言拒絶が見込まれる理由につき求釈明するなどし、証言を拒絶する可能性が低い時期を見極めて、これに柔軟に対応できる審理予定を定めていなかったなどの経過の下において、重大事案であり、被告人が犯行を全面的に否認し、同証人が極めて重要な証人であること
などを考え併せると、その検察官調書を32112号前段のいわゆる供述不能に当たるとして採用した訴訟手続には法令違反がある。
■試験対策上のコメント■
本判決も重要です。ここでもまず基本事項の確認が最優先です。ですので、まず最新判例刑訴法196頁以下の「1 32112号前段の供述不能」を要チェックです。また、最新判例刑訴法199頁以下でまとめてあります。ここを確認するだけで、供述不能をどう認定すべきかが見えてきます。コアカリ刑訴法下145頁以下の32111号・2号前段の列挙事由についても確認すれば十分です。
次に、本判決を通じて具体的な当てはめを学びましょう。そこで注意すべきは、当てはめの視点です。なんでもかんでも事実を挙げ連ねて「以上より、供述不能の要件を満たす」なんて論述をするなんて人はもういないとは思いますが、確認しておきましょう。つまり、総合判断においても、そこでは重要な事実を指摘できるように、何が重要な事実であるのかということを押さえておきましょう。重要な事実とは供述不能といえるかどうかを判断する資料として使える事実です。この考慮要素は最新判例刑訴法197頁に判断資料として掲げられてますね。この判断資料からアプローチして事実をピックアップすれば、必要最小限で評価の高い当てはめが期待できます。
その上で、最新判例刑訴法198頁以下の当てはめで本件の事実でどう評価したのかを確認しておきましょう。



■ 証人尋問決定後に退去強制処分を受けた外国人の供述調書の証拠能力
★★★
東京高判平成201016日(6141[重判H215])
■本件のまとめ■
裁判所が外国人について証人尋問の決定をしているにもかかわらず強制送還が行われた場合であっても、裁判所および検察官が証人尋問の実現に向けて尽力し、入国管理当局も可能な限りこれに協力しようとしていたなど事情の下においては、当該外国人の捜査官に対する供述調書を32112号または3号に基づき証拠とすることが許容される。
■試験対策上のコメント■
本判決も極めて重要です。もちろん、その前に最判平成7620日(刑集496741頁〔平成7年判例〕)を十分に理解しておくことが先決です。これは最新判例刑訴法205頁以下でまとめてあるので、まずここをチェックしましょう。
平成7年判例を理解すれば、論述の流れは
①「国外にいる」要件該当性
②平成7年判例の要件該当性
という判断枠組みになることが解ると思います。①は32111号・2号前段の要件該当性の問題。②は証拠禁止の問題です。
ここでも、「手続的正義の観点から公正さを欠く」か否かの判断は、総合判断によるということを確認しましょう。そして、ここでも事実をピックアップする上で、重要なものを選択できるようにしましょう。その視点は最新判例刑訴法208頁に①~③にありますね。この視点は忘れてはいけません。
最後に、本判決の具体的当てはめを見ましょう。上記①~③に即して最新判例刑訴法209頁で解説しています。ここを理解すれば十分です。

■ 退去強制により出国した者の刑訴法2271項に基づく証人尋問調書等の証拠能力
★★★
東京高判平成21121日(判タ1324277頁[重判H224])
■本件のまとめ■
【1】   退去強制による出国者の検察官に対する供述調書について、供述者がいずれ国外に退去させられ公判準備または公判期日に供述することができなくなることを検察官が認識しながら殊更そのような事態を利用しようとした場合その供述調書を32111号前段書面として証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときは、これを事実認定の証拠とすることが許容されないこともあるとした平成7年判例の趣旨は、2271項に基づく検察官の請求による証人尋問が行われ、その証人尋問調書が32111号前段書面として証拠請求されたときにも当てはまるものと解される。
【2】   検察官が、
     供述者の証人尋問の際に弁護人の立会いに異議を申し立てたこと
     供述者を起訴せずに釈放したこと
     供述者の釈放を弁護人に通知しなかったこと
が認められるが、
①については、2271項による証人尋問は捜査に資するために行われるものであって、弁護人に立会権があるわけではないから、検察官の異議申立てが格別不当なものとはいえないこと
②については、Xを不起訴にした理由に関する検察官の供述の信用性には問題がなくはないし、Xが捜査協力者であること(後記参照)について記録化、証拠化されていない点についての捜査関係者の説明は必ずしも十分説得的ではないが、本件が背景に国際的犯罪組織の関与があることが明らかな事案であって捜査の密行性が重視されること等からすると、捜査当局がXを起訴することなく釈放したことも不当とはいえないこと
③については、弁護人がXに対する尋問の機会があると考えたのは無理からぬところがあるが、検察官においてXを釈放して入管当局に引き渡したことを弁護人に通知しなければならないとする根拠はないこと
等から、検察官において、供述者が国外退去させられ、被告人の公判手続において供述することができなくなるという事態を不当に利用したとはいえず、他にそうした不当な意図をうかがわせる事情も認められない。
したがって、本件各調書を32111号前段または2号前段により証拠採用できる。
■試験対策上のコメント■
東京高判平成201016日と同じく、重要裁判例です。ですが、まずもって平成7年判例を理解することも上述のとおりです。
本判決も当てはめが秀逸ですので、当てはめの参考に是非、最新判例刑訴法215頁を参照して下さい。
なお、本判決に関する重判の解説を読むと混乱するおそれがあるので注意して下さい。2271項により作成された尋問調書は、32111号の裁判官面前調書に当ることに争いはありません。
 
■ 被害・犯行状況の再現結果を記録した実況見分調書等の証拠能力
★★★★
最決平成17927日(刑集597753頁[重判H177、コア下117137227頁])
■本件のまとめ■
捜査官が被害者や被疑者に被害・犯行状況を再現させた結果を記録した実況見分調書等で、実質上の要証事実が再現されたとおりの犯罪事実の存在であると解される書証が326条の同意を得ずに証拠能力を具備するためには、3213項所定の要件が満たされるほか、再現者の供述録取部分については、再現者が被告人以外の者である場合には32112号または3号所定の要件が、再現者が被告人である場合には3221項所定の要件が、写真部分については、署名押印の要件を除き供述録取部分と同様の要件が満たされる必要がある。
■犯行再現写真の伝聞例外要件■
再現者が被告人以外の者
再現者が被告人
     3213項所定の要件
     32112号または3号所定の要件
     3213項所定の要件
     3221項所定の要件
*ただし、写真部分についえは署名押印の要件不要
■試験対策上のコメント■
いうまでもなく、最重要判例の1つです。
ですが、本決定(平成17年決定)を復習する前に、当たり前のことを確認して下さい。まず、伝聞法則の基本を確認しましょう。最新判例刑訴法221頁以下でまとめてあります。時間のない方はここをまずチェックしましょう。できれば、伝聞に関する項目を伝聞証拠の意義、伝聞・非伝聞の区別とともにコアカリ刑訴法下110131頁で確認しましょう。ここは理解だけじゃなく、暗記すべき部分もあります。太文字を参照して下さい。暗記すべき部分は四角で囲んでまとめているのでそれも参照して下さい。同時に、コアカリ刑訴法下187頁の「●現場写真等の証拠能力について、判例の立場及び主要な考え方をふまえて説明することができる。」の項目もチェックしましょう。
次に、3213項の基本的な要件をチェックしましょう。これはコアカリ刑訴法下153頁以下にあります。
その次に、最新判例刑訴法222頁を読んで、現場指示と現場供述を正確に理解して下さい。図もあるので、理解自体は容易だともいます。
これができたら、被害・犯行再現状況報告書の要証事実と立証趣旨の関係を把握しましょう。総論部分は真っ先にしていると思うので、次は要証事実①~④を最新判例刑訴法224頁で確認して、理解に努めましょう。色々あってややこしいと感じるかも知れませんが、結局は要証事実が供述内容の真実性が問題になるかどうかという視点からみればいいのです。これは伝聞・非伝聞の区別と同じですね。そう、同じ話なんです。
最後に必ず、本決定の要件を正確に理解して、かつ、暗記して下さい。最新判例刑訴法225頁以下を確認して下さい。
本決定自体はすでに試験に出題されていますが、要証事実の把握という意味ではすごく役立つ判例です。そのため、試験対策的には、本決定の要旨よりも、最新判例刑訴法の解説部分の理解が優先されます。必ず、解説部分、特に伝聞法則の基本は押さえておいて下さい。


■ 証人尋問における被害再現写真の利用
★☆
最決平成23914日(裁時154012頁[重判H237])
■試験対策上のコメント■
本決定自体の出題可能性はそれほど高くはないと思われます。
ここでは、上記の平成17年決定との連続性を意識しましょう。その上で、規則199条の12との関係を理解できれば十分です。
ですので、本決定自体の復習の優先度は低いです。むしろ、平成17年決定の解説部分(とりわけ、伝聞証拠の意義、要証事実・立証趣旨の意義・関係)をまず理解しましょう。


■ 私人作成の火災原因に関する報告書の証拠能力
★★★
最決平成20827日(刑集6272702頁[重判H203、コア下155159頁])
■本件のまとめ■
火災原因の調査、判定に関し特別の学識経験を有する私人が燃焼実験を行ってその考察結果を報告した本件書面については、
     3213所定の書面の作成主体が「検察官、検察事務官又は司法警察職員」と規定されていること、およびその趣旨に照らし同項の準用はできないが、
     3214項の書面に準ずるものとして同項により証拠能力を有する
■試験対策上のコメント■
本決定は、3213項の理解をする上で極めて重要です。
そこで、まず、最新判例刑訴法237頁で検証調書の作成主体の考え方とともに3213項が伝聞例外とされている趣旨をマスターしましょう。
それと同時に、3214項が伝聞例外とされている趣旨も押さえましょう。ここでは、「鑑定」の意義、趣旨、内容の理解が重要です。
以上を理解したら、本件書面がなぜ3213項の書面として扱われず、3214項書面として証拠能力が肯定されたかをチェックしましょう。以上の理解があれば、容易に理解できます。


■ 刑訴法328条により許容される証拠
★★★★
最判平成18117日(刑集609561頁[重判H197、コア下184185187191頁])
■本件のまとめ■
328条は、公判準備又は公判期日における被告人、証人その他の者の供述が、別の機会にしたその者の供述と矛盾する場合に、矛盾する供述をしたこと自体の立証を許すことにより、公判準備又は公判期日におけるその者の供述の信用性の減殺を図ることを許容する趣旨である。
したがって、328条により許容される証拠は、信用性を争う供述をした者のそれと矛盾する内容の供述が、同人の供述書、供述を録取した書面(刑訴法が定める要件を満たすものに限る)、同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述またはこれらと同視し得る証拠の中に現れている部分に限られる
■試験対策上のコメント■
本判決は本命中の本命といえるでしょう。本判決に関しては、すべて重要です。
ですので、最新判例刑訴法241頁以下をじっくり読んで理解して下さい。十分な解説があります。
また、コアカリ刑訴法下183187頁もチェックして、回復証拠・増強証拠の意味、弾劾証拠との関係も理解しましょう。まず、これを復習してもいいと思います。
いずれにしても本判決の限定説の立場、厳格な証明を要するとした意味、供述録取書ゆえ署名・押印を要求した意味、それぞれ正確に理解しましょう。
なお、本判決の重判解説は混乱を招くおそれがあるので注意して下さい。供述録取書で署名・押印を要求して、本来ならば再伝聞である供述録取書をただの伝聞にしている意味を理解して下さい。328条の限定説はこの部分まですべて非伝聞にするような規定ではありません。328条が「確認規定」「注意規定」とされているのは、本来的に非伝聞のケースだからということを最新判例刑訴法またはコアカリ刑訴法の解説を読んで正確に理解して下さい。


■ 逮捕手続の違法と尿鑑定書の証拠能力
★★★★★
最判平成15214日(刑集572121頁[重判H153、コア下197203209212213215216頁])
■本件のまとめ■
     被疑者の逮捕手続には、逮捕状の呈示がなく、逮捕状の緊急執行もされていない違法があり、これを糊塗するため、警察官が逮捕状に虚偽事項を記入し、公判廷において事実と反する証言をするなどの経緯全体に表れた警察官の態度を総合的に考慮すれば、本件逮捕手続の違法の程度は、令状主義の精神を没却するような重大なものであり、本件逮捕の当日に採取された被疑者の尿に関する鑑定書の証拠能力は否定される
     捜索差押許可状の発付に当たり疎明資料とされた被疑者の尿に関する鑑定書が違法収集証拠として証拠能力を否定される場合であっても、同許可状に基づく捜索により発見され、差し押さえられた覚せい剤およびこれに関する鑑定書は、その覚せい剤が司法審査を経て発付された令状に基づいて押収されたものであり、同許可状の執行が別件の捜索差押許可状の執行と併せて行われたものであることなどの下では、証拠能力を否定されない
■試験対策上のコメント■
本判決もいうまでもなく最重要と位置づけられる判例です。ですので、本判例の最新判例の解説をなめ回すように読み返して下さい。ここをマスターするだけで、違法収集証拠排除法則の問題は十二分に対応できるような内容にしています。
当該解説を見ればわかりますが、チェックすべき項目はかなり多いです。ですが、逆にこれらを把握しておけば試験では他を圧倒できます。ピンポイントで重要な事実をピックアップして、時間内にそれらを網羅して書き切れるでしょう(もちろん演習量に比例します)。
違法収集証拠排除法則の答案は、ハッキリ言って当てはめです。総論部分はほぼ全員が似たようなことを書きます。したがって、相対的に上位になるかは、
     1に違法の重要性、排除相当性の当てはめ
     次に、派生証拠との密接関連性の当てはめ
によって決まるといえます。つまり、この2点が点数差に直結します。
当てはめにおいて重要な視点は最新判例刑訴法251頁にあります。これらの視点からまず、違法の重要性、排除相当性を検討して下さい。
また、密接関連性については、255頁以下を参考に、着目すべき視点を確認しておきましょう。特に259頁の①~③の視点だけは覚えておきましょう。また、毒樹の果実の理論や例外法理については、コアカリ刑訴法下213頁以下を確認しておきましょう。また、自白との関係とともにコアカリ刑訴法下8086頁以下を参照して下さい。自白もいつ出題されてもおかしくありません(★★★★)。
そして、できれば、最新判例刑訴法260頁以下の「■昭和53年判決以後における判例の動き■」で、判例の考慮しているポイントや具体的な当てはめを確認できれば、違法収集証拠排除法則については完璧でしょう。


■ 宅配便荷物のエックス線検査と検証許可状の要否
★★★★
最決平成21928日(刑集637868頁[重判H211、コア下205頁])
■本件のまとめ■
【1】   荷送人の依頼に基づき宅配便業者の運送過程下にある荷物について、捜査機関が、捜査目的を達成するため、荷送人や荷受人の承諾を得ずに、これに外部からエックス線を照射して内容物の射影を観察する行為は、検証としての性質を有する強制処分に当たり、検証許可状によることなくこれを行うことは違法である
【2】   本件覚せい剤等は、違法な本件エックス線検査の射影の写真などを一資料として発付された捜索差押許可状に基づき発見されたものであるから、本件覚せい剤等は、違法な本件エックス線検査と関連性を有する証拠である
【3】   しかし、
     本件エックス線検査当時に覚せい剤譲受け事犯の嫌疑が高まっており、更に事案を解明するために本件エックス線検査の実質的必要性があったこと
     警察官には令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があったとはいえないこと
     本件覚せい剤等は、司法審査を経て発付された各捜索差押え許可状に基づく捜索において発見されたものであり、その発付に当たっては、本件エックス線検査の結果以外の証拠も資料として提供されたものとうかがわれること
からすれば、その証拠収集過程に重大な違法があるとまではいえず、その他、その証拠の重要性等諸般の事情を総合すると、その証拠能力を肯定することができると解する
■試験対策上のコメント■
本決定も重要です。ここでは、強制処分性も問われるところですので、出題可能性もかなり高いといえます。
ですので、コアカリ刑訴法できちんと事案と解説を読んで理解しておきましょう。特に、最新判例刑訴法275頁における考慮事情は絶対に押さえておきましょう。
本決定のポイントは検証たる性質を有する処分の認定と、本件エックス線検査を違法としながら、密接関連性を否定した理由です。
仮に、捜査機関が本件エックス線検査を検証として強制処分性を有すると認識しながら無令状のまま行っているケースを考えた場合に、証拠都の密接関連性を否定できたかを考えておきましょう。


■ 長時間にわたる職務質問の後に発見された証拠
★★★★
東京高判平成19918日(判タ1273338頁[重判H204、コア下208頁])
■本件のまとめ■
     警察官が自動車の運転者に対する職務質問において、薬物前科が判明したことなどにより、所持品検査及び車内検査に応じることを求めて、同運転者が立ち去ることを繰り返し要求していたにもかかわらず、これを無視してその場に約3時間半にわたり留め置いたことは、任意捜査の限界を超え、違法な職務執行である。
     被告人の現行犯逮捕に至るまでの手続は、一体として違法であり、その違法の程度は令状主義の精神を没却するような重大なものであったといわざるを得ず、このような違法な手続に密接に関連する証拠を許容することは将来における違法捜査抑制の見地からも相当でないと認められるのであって、その証拠能力を否定すべきである。
     警察官は、この逮捕に伴う捜索により、被告人車両の後部トランクルームから本件大麻を発見し、本件大麻を所持していたことを被疑事実とする大麻取締法違反の罪で被告人をさらに現行犯逮捕した上、これに伴う捜索差押手続により本件大麻を押収したが、本件大麻等は、上記の重大な違法があると判断される手続と明らかに密接な関連を有する証拠である。したがって、本件大麻等の証拠能力を否定した原判決の判断は、正当として是認することができる。
■試験対策上のコメント■
本判決はそのまま問題として出題されてもおかしくないくらい色々な事実の当てはめが考えられる事案です。違法収集証拠排除法則の要件該当性(派生証拠との密接関連性含む)や捜査の適法性も問題になるので、出題可能性は高いです。ですので、本判決も要チェックといえます。
ただ、必ずしも本判決をしらなければならないというわけではありません。むしろ、知識に引きずられる危険性もありますので、上記の平成15年判例を十分に理解することを最優先して下さい。
本判決は当てはめが参考になるので、具体的な当てはめを把握したいという場合に参考になります。特に、最新判例刑訴法282頁の①~⑤の考慮事情は参考になります。

■ ホテル客室での職務質問と所持品検査
★★★
最決平成15526日(刑集575620頁[重判H151、コア下204頁])
■本件のまとめ■
     警察官がホテルの責任者から料金不払や薬物使用の疑いがある宿泊客を退去させてほしい旨の要請を受けて、客室に赴き職務質問を行った際、宿泊客が料金の支払について何ら納得し得る説明をせず、制服姿の警察官に気付くといったん開けたドアを急に閉めて押さえたなど事情の下においては、警察官がドアを押し開けその敷居上辺りに足を踏み入れて、ドアが閉められるのを防止した措置は、適法である。
     警察官が、ホテル客室に赴き宿泊客に対し職務質問を行ったところ、覚せい剤事犯の嫌疑が飛躍的に高まったことから、客室内のテーブル上にあった財布について所持品検査を行い、ファスナーの開いていた小銭入れの部分から覚せい剤を発見したなど判示の事情の下においては、所持品検査に際し警察官が暴れる全裸の宿泊客を約30分間にわたり制圧していた事実があっても、当該覚せい剤の証拠能力を肯定することができる。
■試験対策上のコメント■
本決定も重要です。本決定は、職務質問の限界や所持品検査の問題も含まれている点でも出題可能性が高いと思われます。
ただ、本決定の事案がそのまま出るわけではなく、捜査の適法性に関しては、例えば、ホテルの支配人が何の根拠もなくやくざ風で覚せい剤をやっていると思い込んでまだチェックアウト前なのに通報した場合や、とりたてて不可解な言動もしていない場合でも、職務質問の必要性から客室の立入りを適法とできたか?本決定の事案は一見やくざ風だったが、そうじゃない場合はどうか?強制的に所持品の中身を確認したような場合(プライバシー侵害の度合いが大きい場合)など、考えておきましょう。これは本決定の射程の問題です。
また、令状執行のケースで令状呈示を怠った場合はどうか?なども本決定の事案と絡めて出題された場合、正確に事案を捉えることができるかが試験現場では問われるでしょう。
本決定は、事案の特殊性から違法性なし、ゆえに違法収集証拠排除法則の問題にならないとしたものですが、少し事案を変えるだけで、捜査の適法性は違法に揺らぎます。本決定を確認する場合、この点を意識して、特に本決定の事案と類似の問題が出た場合は気をつけましょう。決して、「あ、これはあの判例だな。結論は適法だったな」などという思考から適法ありきの論述はしてはいけません。これは他の判例でも同様ですね。

■ 救急患者から医師が採取した尿の押収
最決平成17719日(刑集596600頁[重判H171、コア下224頁])
■試験対策上のコメント■
本決定の出題可能性は低いと思われます。
ただ、違法収集証拠排除法則の問題で小さい論点として、例えば、捜査機関が私人を利用して違法に証拠を入手した場合や、その入手した証拠で令状をとって逮捕したり捜索差押えをした場合、その逮捕勾留下でなされた自白の証拠能力等については、問われる可能性もあります。
特に、違法な身柄拘束下での自白は、出題可能性大です。違法収集証拠排除法則と自白法則との関係も含めて、コアカリ刑訴法下64頁「14 違法な手続で獲得された自白」以下で確認しておきましょう。本決定よりも、この確認が最優先です。特に、66頁における自白法則・違法収集証拠排除法則二元論の考えを確認して、67頁の「自白法則・違法収集証拠排除法則二元論における証拠排除の類型」で出題される問題の類型を予め確認しておきましょう。その次にある「具体的事案における法的構成」まで確認できれば十分です。

■ 単独犯の訴因で起訴された被告人に共謀共同正犯者が存在する場合
★★

最決平成21721日(刑集636762頁[重判H216、コア下248260261頁])
■試験対策上のコメント■
本判決の出題可能性は必ずしも高いわけではありません。ただし、訴因、共謀共同正犯といった点が問題となる事案で、これらに関する刑訴法の判例は少なくありません。そういう意味から、複合問題として、出題される可能性はないとはいえません。
本決定では、まず問題の所在を確認して、本決定がどういう点に着目して判断しているのかを確認しましょう。
   概括的認定、択一的認定が許される場合について、判例の立場及び主要な考え方をふまえ具体的事例に即して説明することができる。


【ケース30】       
被告人は、単独犯として窃盗、窃盗未遂合計8件で起訴された。
被告人は、裁判所において、上記8件のうちの4件の窃盗については、被告人は実行行為の全部を1人で行ったものの、他に共謀共同正犯者が存在するから、被告人には、単独犯ではなく共同正犯が成立すると主張した。
裁判所は、このうち2件の窃盗について、記録上被告人が実行行為の全部を1人で行ったこと、および他に共謀共同正犯者が存在することが認められるとし、共謀共同正犯者との共謀を認定することは可能であったとしたが、このような場合でも、検察官が被告人を単独犯として起訴した以上は、その訴因の範囲内で単独犯と認定することは許されるとした。
裁判所の認定は適法か。


共同正犯の可能性








■問題の所在■
【ケース30では、単独犯の訴因で起訴された被告人が、自らが実行行為の全部を1人で行ったことを認めながらも、他に共謀共同正犯者が存在することを主張している。
このような場合、裁判所は、他に共謀共同正犯者が存在する以上は犯情の軽いと考えられる共同正犯を認定しなければならないのか、それとも、被告人が実行行為の全部を1人で行い、被告人1人の行為により犯罪構成要件のすべてが満たされる以上は、そのまま単独犯を認定してよいのかが問題となる。
【参照条文】
256条(起訴状、訴因、罰条)
1項 公訴の提起は、起訴状を提出してこれをしなければならない。
2項 起訴状には、左の事項を記載しなければならない。
1号 被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項 
2号 公訴事実 
3号 罪名 
3項 公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。
解説
     単独犯の訴因で起訴された被告人に共謀共同正犯者が存在する場合の問題
(1)     従来の議論
これまで、被告人1人の行為により犯罪構成要件のすべてが満たされるが、他に共謀共同正犯者が存在するかどうかが不明である場合に、単独犯、共同正犯のいずれを認定すべきか、あるいは「単独又は共謀の上」との認定が許されるか、という択一的認定(秘められた択一的認定)の問題が議論されてきた。
裁判例は、この場合における処理について、
     単独犯と共同正犯との択一的認定をし、2つの事実の具体的な犯情を比較して軽い方を基礎として量刑をする
     択一的認定は許されず、「疑わしきは被告人の利益に」の原則を適用して犯情の軽い共同正犯を認定する
     択一的認定は許されず、単独犯を認定し、共同正犯の疑いがある点は量刑において考慮する
などの考え方に分かれている。
最高裁判例はなく、高裁判例は、①の立場に立つ東京高判平成41014日(判タ811243頁〔訴因は共同正犯〕)、②の立場に立つ札幌高判平成51026日(判タ865291頁〔訴因は単独犯〕)、③の立場に立つ東京高判平成1068日(判タ987301頁〔訴因は単独犯と共同正犯の択一的訴因〕)に分かれている。
(2)     犯情と量刑の関係
上記の裁判例は、いずれも犯情についてどのような評価をすべきかという点に着目している。
例えば、前掲東京高判平成41014日は、被告人が強盗の実行行為のすべてを行った事案について、強盗の共同正犯と単独犯を択一的に認定し被告人に対し懲役36月の有罪判決を言い渡した原判決を量刑不当であるとして破棄し、被告人に対し、「原判決が認定した事実に、原判決が適用した法令を適用し」、懲役3年の有罪判決を言い渡した。その際、東京地裁は、択一的認定を行った場合、「単独犯と共同正犯の各事実について具体的な犯情を検討した上、犯情が軽く、被告人に利益と認められる事実を基礎に量刑を行うべきであると考える。本件においては、共同正犯の事実の方が犯情が軽く、被告人に利益と認められるので、この事実を基礎に量刑を行うこととなる」とした(同判決は、被告人およびその実兄が共同正犯で起訴されていた事案であって、訴因外事実の考慮が問題となった事案ではないが、単独犯と共同正犯の犯情に言及する点は参考になる)。
さらに、共同正犯として起訴された事案ではあるが、最決平成13411日(刑集553127頁)は、共同正犯において実行担当者でなかった場合、ないし、被告人以外にも実行担当者が存在した場合の犯情が、被告人のみが実行担当者であった場合のそれと比較して、同等、あるいは、軽いことを前提としており、ここでは、単独で実行を担当することが、犯情を重くする要素と考えられている。
しかし、共謀共同正犯者が存在する場合の方が常に犯情が軽いとまで結論付ける論理的必然性はない。量刑の基礎になる情状には、被告人と被害者との関係、犯行の動機・目的、犯行の方法・手段、態様、被害の大小・程度、犯行の回数、共犯関係などのいわゆる犯情(コア下14頁)があるが、これらは量刑にどのような評価になるのかは具体的事情によって変わってくる(コア下267頁)。例えば、被告人と共謀共同正犯者との関係や犯行全体で各人が果たした役割の大小、各人が犯行から得た利益の多寡、各人が犯行に至る経緯等は、事案ごとに様々であるから、共謀共同正犯者が存在する場合の方が、単独犯の場合よりも犯情が悪いということも十分あり得るのである。
     【ケース30の具体的判断
【ケース30の問題と、単独犯と共同正犯の択一的認定の問題の問題状況はほぼ共通する。これまでの単独犯と共同正犯の択一的認定の問題においては、もっぱら、共同正犯という「構成要件の修正形式」と単独犯の関係をどのように理解するか、例えば、両者は実質的に同一構成要件とみなし得るかが議論されてきた。
しかし、【ケース30のように、被告人が実行行為の全部を1人で行っており、被告人の行為だけを取り出しても犯罪構成要件のすべてを満たしている場合については、その前段階の問題として、単独犯と共同正犯の実体法上の成立関係、すなわち共同正犯が成立する場合は単独犯は成立しないのかがまず問題とされるべきである。
このような理解から、本決定は、次のように判示して、訴因どおり単独犯を認定することができるとした。
所論は、被告人が実行行為の全部を1人で行っていても、他に共謀共同正犯者が存在する以上は、被告人に対しては共同正犯を認定すべきであり、原判決には事実誤認があると主張する。
そこで検討するに、検察官において共謀共同正犯者の存在に言及することなく、被告人が当該犯罪を行ったとの訴因で公訴を提起した場合において、被告人1人の行為により犯罪構成要件のすべてが満たされたと認められるときは、他に共謀共同正犯者が存在するとしてもその犯罪の成否は左右されないから、裁判所は訴因どおりに犯罪事実を認定することが許されると解するのが相当である。
まず、犯罪の成否に関する判断として、実体法上、単独犯として犯罪が成立したものと認定することが可能かという点について考えると、
     単独犯の処罰根拠規定は、犯罪構成要件および法定刑を定めているが、それ以上に、行為主体の員数について定めているわけでもなければ、他に関与者がいないことを要求しているわけでもないこと
     他方、共犯規定は、実行行為の全部又は一部を行っていないため、自ら単独犯の犯罪構成要件のすべてを満たしていない者について、一定の要件の下で処罰できるようにした処罰拡張規定であること
からすれば、被告人1人の行為により単独犯の犯罪構成要件のすべてが満たされる場合は、仮に共同正犯の規定が存在しない場合であっても単独犯の規定により処罰されるのであるから、共同正犯の規定を適用する要件が満たされている場合であっても、なお単独犯の成立を認めることができると解すべきである。したがって、【ケース30においては、訴因どおり単独犯を認定することができる
また、裁判所の審理の範囲・内容の観点からみたときも、被告人1人の行為により単独犯の犯罪構成要件のすべてが満たされる場合は、裁判所は、犯罪事実の認定においては他の共謀共同正犯者の存否を認定する必要はなく、後は量刑事情として、その重要性、必要性に応じて、他の関与者の存否やその程度を審理、判断すれば足りることになり、審理の範囲・内容も合理的なものになると考えられる。
これに対して、単独犯の訴因で起訴された被告人につき、被告人1人の行為により単独犯の犯罪構成要件のすべてが満たされる場合であっても、共犯規定の要件を満たす限りは共犯規定に依拠しなければならず、単独犯の規定による処罰は許されないと解すると、裁判所は、被告人から他の共謀共同正犯者の存在が主張された場合は、常にその存否を審理しなければならないことになる。しかし、これは被告人の刑事責任の有無(犯罪の成否)を左右するものではない上、量刑に当たっても、例えば他に関与者がいるとして、その関与者が共謀共同正犯なのか、それとも教唆犯、幇助犯にとどまるのかを確定する必要のある場合はそれほど多くないと考えられることからすると、審理の範囲・内容が不必要に拡大するおそれがあり、相当でない
本判決もこのような理解から、「他に共謀共同正犯者が存在するとしてもその犯罪の成否は左右されないから、裁判所は訴因どおりに犯罪事実を認定することが許される」と説示したものと解される。
■本件のまとめ■
検察官において共謀共同正犯者の存在に言及することなく、被告人が当該犯罪を行ったとの訴因で公訴を提起した場合において、被告人1人の行為により犯罪構成要件のすべてが満たされたと認められるときは、他に共謀共同正犯者が存在するとしても、裁判所は訴因どおりに犯罪事実を認定することが許される。

■ 裁判員裁判における控訴審
東京高判平成22526日([重判H239])
■試験対策上のコメント■
本判決の出題可能性は低いでしょう。

■ 常習特殊窃盗と一事不再理の効力
★★
最判平成15107日(刑集5791002頁[重判H155、コア上189190232249頁、コア下286288頁])
■試験対策上のコメント■
本判決自体が出題される可能性は低いと思われますが、公訴事実の同一性の判断基準や、訴訟条件の存否に関する判断基準について確認しておくといいでしょう。
一事不再理効の及ぶ客観的範囲について、一事不再理効の根拠に関する主要な考え方との関係をふまえて説明することができる。
一事不再理効が及ぶか否かの判断方法について、判例の立場及び主要な考え方をふまえて説明することができる。

【ケース32】       
被告人は、夜間の侵入盗等を繰り返していたところ、その一部の犯行が、まず建造物侵入・単純窃盗の訴因により起訴されて(本件前訴)、有罪判決が確定した。
その確定後に、上記前科の余罪に当たる本件の窃盗事犯(計22件)が、単純窃盗または建造物侵入・単純窃盗の訴因により起訴された(本件後訴)。
本件後訴は免訴とされるべきか。
本件前訴は単純窃盗

本件後訴も単純窃盗
■問題の所在■
3371号は「確定判決を経たとき」に該当する場合、免訴とすべきと定める。
そこで、【ケース32の本件後訴が「確定判決を経たとき」に当るか。本件後訴が、本件前訴をもって「確定判決を経たとき」といえるかが問題となる。
【参照条文】
憲法第39条(事後法・遡及処罰の禁止、一事不再理)
何人も、実行の時に適法であった行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない。また、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない
337条(免訴の判決)
左の場合には、判決で免訴の言渡をしなければならない。
1号 確定判決を経たとき
解説
     一事不再理効
(1)     一事不再理効のおよぶ客観邸範囲
憲法39条は、「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない」として、一事不再理の原則を宣言し、これを受けて3371号の「確定判決を経たとき」に該当するとして免訴の言渡しをすべきことを定める。免訴を言い渡すべき範囲、すなわち確定判決の一事不再理効の範囲は、審判の対象とされた事実のみならず、確定判決前に犯された公訴事実を単一、同一にするすべての事実に及ぶというのが通説・判例である。
公訴事実の単一性とは、前訴と後訴の両訴因が実体上一罪ないし科刑上一罪の関係に立つ場合である。前訴の訴因と後訴の訴因とが一罪の関係に立つ場合は、単一の公訴事実として両者間に公訴事実の同一性を認めるべき場合であるから、確定判決の一事不再理効が後訴の訴因に及ぶことになる。すなわち、一罪の一部について既に確定判決があるのに、一罪の他の部分につき別途犯罪が成立すると主張して審判を求めるのは、不当な蒸し返しであって許されない。
例えば、有害業務への労働者供給の罪(職安632号)につき確定判決がある場合に、これと観念的競合の関係に立つ中間搾取の罪(労基6条・1181項)につき起訴があったときは、免訴判決が言い渡される(最判昭和3356刑集1271297頁)。
(2)     実体法一罪の関係にある罪
     前訴訴因が単純窃盗で後訴訴因が常習累犯窃盗の場合
常習窃盗(常習特殊窃盗のほか、常習累犯窃盗〔盗犯3条〕の場合も同じ)は、複数の窃盗行為を常習性の発露という面から一罪としてとらえて刑罰を加重する罪であるから、その一部について確定判決がある場合、他の部分の起訴に対しては同じく免訴判決で終局すれば足りるとも考えられる。
しかし、常習性の発露という面を除けば各窃盗行為相互間に本来的な結び付きはないため、各窃盗行為を単純窃盗として起訴する事態が生じうる(常習窃盗を構成すべき他の余罪が後になって判明することもあろうし、常習性の立証困難等の理由により個別の単純窃盗で起訴することもありうる)。そのような場合のうち、本判決の引用する最判昭和43329日(刑集223153頁〔昭和43年判決〕)は、前訴の訴因が単純窃盗後訴の訴因が常習累犯窃盗の事案において、前訴の単純窃盗も後訴の各犯行とともに1つの常習累犯窃盗を構成する関係にあると判断して、常習累犯窃盗(そのうち、前訴確定判決前に敢行された部分)については免訴すべきであるとした
     前訴訴因が常習累犯窃盗で後訴訴因が単純窃盗の場合
では、逆に、前訴が常習窃盗で後訴が単純窃盗である場合に、後訴の受訴裁判所が、後訴の窃盗も前訴の常習窃盗とともに一罪を構成すると判断してよいか。
この場合も、昭和43年判決に従って考えると、前訴の常習窃盗が後訴の単純窃盗と公訴事実すでに常習窃盗罪の事実についての確定判決があるときは、さらに常習窃盗の事実を起訴した場合はもとより、単純窃盗の事実を起訴した場合も、免訴とすべきことになろう。
     前訴・後訴の訴因がともに単純窃盗の場合
それでは、前訴、後訴がともに単純窃盗の訴因の場合はどうか。これが【ケース32の問題である。
被告人からは、常習窃盗の一部について既に確定判決がある場合にあたる旨の主張をするだろう。これに対して、検察官としては、別個の犯罪を起訴したのであって、確定判決が単純窃盗を認定し、後訴の検察官の主張も単純窃盗であるのに、後訴の受訴裁判所が常習性を考慮に入れて一罪と判断することはできないはずだと考えるであろう。
単純窃盗の訴因と常習累犯(あるいは特殊)窃盗の訴因の間に公訴事実の単一性を肯定するためには、単純窃盗の訴因が常習性の発露として行われたという実体を備えていることが必要である。したがって、昭和43年判決は、両訴因の公訴事実の単一性の判断に当たり、単に訴因のみを比較対照するだけではなく、前訴の単純窃盗の訴因につき、実体に踏み込み、それが常習性の発露であるとの心証を形成した上で、両訴因が一罪の関係にあることを判断したという見方が考えられる。
仮に、その判断手法を一貫させるとすれば、前訴および後訴が共に単純窃盗の訴因である【ケース32のような場合においても、公訴事実の単一性の判断に当たり、実体に踏み込み、それぞれの訴因につき、両訴因に含まれていない「常習性」の有無について心証を形成し、それを基準として、実体上両訴因が常習窃盗罪の一罪を構成するか否かを検討するという考え方も成り立ち得る。
現に、昭和43年判決の後、前訴が単純賭博の訴因、後訴が単純賭博の訴因(当初の訴因は「常習賭博」であったが、後に「単純賭博」に訴因変更された。)の事案において、両訴因は実体上常習賭博一罪の関係にあるとして免訴とした横浜地川崎支判昭和49925日(判時768128頁)が現れ、さらに、高松高判昭和59124日(判時1136158頁〔昭和59年高松高判〕)が、同様の判断手法により前訴、後訴の単純窃盗の訴因が常習特殊窃盗罪の一罪の関係にあるとして公訴事実の単一性を肯定し、後訴を免訴とした。
昭和59年高松高判の理由の骨子は、
     後訴の事件が確定判決を経ているか判断するのだから、前訴の確定判決の拘束力を問題とする余地はない
     訴追が事実上不能な余罪には一事不再理効が及ばないとすると、その例外的基準を具体的に定立することが困難である
     訴因制度の趣旨・目的に照らすと、裁判所が訴因を超えて事実認定し有罪判決をすることは許されないが、免訴判決をする場合には訴因に拘束されない(確定判決の有無という訴訟条件の存否は職権調査事項である)
というのである。
確かに、昭和59年高松高判は、理論的には明快とはいえるものの、当該事案では、被害額1360円相当の単純窃盗1件の確定判決があったことにより、後に起訴されたその余罪となる30件余り、被害総額4円余りの窃盗が全て免訴となるという結果となっており、具体的妥当性の観点から疑問が呈され、この判決を機に、後訴が免訴とならないための様々な理論的な提言がされてきたところである。
     【ケース32の具体的判断
【ケース32は、本判決が次のように判示からも解るとおり、昭和59年高松高判に従えば、3371号の「確定判決を経たとき」に当るとして免訴とされるべき事案だった。
所論は、確定判決の一事不再理効に関する原判決の判断が、所論引用の高松高判昭和59124日判時1136158頁(以下「本件引用判例」という。)と相反する旨主張する。
原判決は、本件起訴に係る建造物侵入、窃盗の各行為が、確定判決で認定された別の機会における建造物侵入、窃盗の犯行と共に、実体的には盗犯等の防止及び処分に関する法律2条の常習特殊窃盗罪として一罪を構成することは否定し得ないとしながら、確定判決前に犯された余罪である本件各行為が単純窃盗罪(刑法235条の罪をいう。以下同じ。)、建造物侵入罪として起訴された場合には、刑訴法3371号の「確定判決を経たとき」に当たらないとの判断を示している。この判断が、同様の事案において、「確定判決を経たとき」に当たるとして免訴を言い渡した本件引用判例と相反するものであることは、所論指摘のとおりである。
しかし、本判決では、次のように判示して、昭和59年高松高判の立場を変更することを明らかにした。
しかしながら、本件引用判例の解釈は、採用することができない。その理由は、以下のとおりである。
常習特殊窃盗罪は、異なる機会に犯された別個の各窃盗行為を常習性の発露という面に着目して一罪としてとらえた上、刑罰を加重する趣旨の罪であって、常習性の発露という面を除けば、その余の面においては、同罪を構成する各窃盗行為相互間に本来的な結び付きはない。したがって、実体的には常習特殊窃盗罪を構成するとみられる窃盗行為についても、検察官は、立証の難易等諸般の事情を考慮し、常習性の発露という面を捨象した上、基本的な犯罪類型である単純窃盗罪として公訴を提起し得ることは、当然である。そして、実体的には常習特殊窃盗罪を構成するとみられる窃盗行為が単純窃盗罪として起訴され、確定判決があった後、確定判決前に犯された余罪の窃盗行為(実体的には確定判決を経由した窃盗行為と共に一つの常習特殊窃盗罪を構成するとみられるもの)が、前同様に単純窃盗罪として起訴された場合には、当該被告事件が確定判決を経たものとみるべきかどうかが、問題になるのである。
この問題は、確定判決を経由した事件(以下「前訴」という。)の訴因及び確定判決後に起訴された確定判決前の行為に関する事件(以下「後訴」という。)の訴因が共に単純窃盗罪である場合において、両訴因間における公訴事実の単一性の有無を判断するに当たり、
【1】   両訴因に記載された事実のみを基礎として両者は併合罪関係にあり一罪を構成しないから公訴事実の単一性はないとすべきか、それとも、
【2】   いずれの訴因の記載内容にもなっていないところの犯行の常習性という要素について証拠により心証形成をし、両者は常習特殊窃盗として包括的一罪を構成するから公訴事実の単一性を肯定できるとして、前訴の確定判決の一事不再理効が後訴にも及ぶとすべきか
という問題であると考えられる。
思うに、
     訴因制度を採用した現行刑訴法の下においては、少なくとも第一次的には訴因が審判の対象であると解されること
     犯罪の証明なしとする無罪の確定判決も一事不再理効を有すること
に加え、
     前記のような常習特殊窃盗罪の性質や一罪を構成する行為の一部起訴も適法になし得ること
などにかんがみると、前訴の訴因と後訴の訴因との間の公訴事実の単一性についての判断は、基本的には、前訴及び後訴の各訴因のみを基準としてこれらを比較対照することにより行うのが相当である
本件においては、前訴及び後訴の訴因が共に単純窃盗罪であって、両訴因を通じて常習性の発露という面は全く訴因として訴訟手続に上程されておらず、両訴因の相互関係を検討するに当たり、常習性の発露という要素を考慮すべき契機は存在しないのであるから、ここに常習特殊窃盗罪による一罪という観点を持ち込むことは、相当でないというべきである。そうすると、別個の機会に犯された単純窃盗罪に係る両訴因が公訴事実の単一性を欠くことは明らかであるから、前訴の確定判決による一事不再理効は、後訴には及ばないものといわざるを得ない。
以上の点は、各単純窃盗罪と科刑上一罪の関係にある各建造物侵入罪が併せて起訴された場合についても、異なるものではない。
本判決は、前訴の訴因と後訴の訴因との公訴事実の単一性についての判断は、基本的には、各訴因のみを基準としてこれらを比較対照して行うのが相当であり、訴訟手続に上程されていない常習性の発露という要素について実体に踏み込んで考慮する必要はない、との判断を示した。
その理由として、本判決は、
     現行刑訴が訴因制度を採用し、第一次的には訴因が審判の対象とされていること
     無罪とされた訴因についても一事不再理効が生ずること
     常習特殊窃盗罪が、本来的な結び付きのない複数の窃盗行為を常習性の発露という一面に着目して一罪と捉える犯罪類型であること
などを挙げている。本判決は、これまで支配的であったと思われる実体法的な視点から公訴事実の単一性を画一的に決めるという見解とは異なる見解に立ち、訴因として構成されたもののみを基準とするという方法により公訴事実の単一性を判断しようとする手法に、実務的・訴訟法的視点を加えている。
「公訴事実の同一性、単一性」は、訴因変更の可能な範囲、二重起訴の禁止の範囲、一事不再理効の及ぶ範囲を画する、刑事訴訟手続全体を貫く最も基本的な概念の1つであり、検察官が審判の対象として主張する訴因が、手続の進展に伴い変容していく場合に、それをどの範囲まで同一の訴訟手続の中に取り込み得るか、という問題にかかわるものである。
その判断基準は、手続の明確性等の観点から、できるだけ形式的になし得ることが望ましいことはいうまでもなく、訴因変更等の場面では、基本的には、検察官の主張たる訴因を基礎に置いて、基本的事実が同一であるか否かという事実的要件(公訴事実の狭義の同一性)、あるいは罪数という法律的要件(公訴事実の単一性)を基準として、公訴事実の同一性、単一性を判断し、訴因の背後にある社会的事実(証拠関係等)は、訴因の記載を比較対照するだけでは判断に困難が生ずるような場合において、副次的に考慮されている。
例えば、現実の訴訟において、前訴、後訴ともに、常習特殊窃盗罪の常習性の点に関する評価を除外して、単純窃盗罪の訴因が掲げられるならば、裁判所は、常習性を基礎づける事実を認知し、これを考慮する契機を持たない可能性がある。しかも、窃盗行為の1つでも確定判決を経由すると、これと常習窃盗を構成する余地のある未解明のものも含む窃盗すべてについて一時不再理効が生じるのでは、被告人に不当な利益を与えることになるし、これを回避しようとすれば、単純窃盗の事案であっても常に徹底的な余罪解明を尽くす必要があることになってしまう。このようなことを考えると、訴因外の事実を常に考慮すべきと考えるべきではない。理由①もこのような趣旨で挙げられたものと解される。
理由①の「現行刑訴が訴因制度を採用し、第一次的には訴因が審判の対象とされていること」という判示は、このような公訴事実の同一性、単一性の意義、訴因変更等の場面における判断方法等も踏まえてのものと解される。
また、無罪の確定判決を経た場合には、無罪とされた訴因は、いわば実体を伴わないものといえるが、この場合にも当該訴因を基準として一事不再理効が生ずると解されている。理由②の点は、このように検察官の主張たる訴因が基準とならざるを得ない場合が存在することを指摘するものであり、実体ではなく、訴因を基準とする考え方の1つの根拠を示したものといえよう。
さらに、本判決は、理由③のとおり、常習特殊窃盗罪という犯罪類型の性質も、本件において訴因を基準とすべき理由として挙げている。常習特殊(累犯)窃盗罪は、一定の要件の下で常習性の発露として行われた窃盗について、それが複数行われた場合でも全体が密接な関係にある1つのものとして包括して一罪とし、一個の加重された刑罰が定められている犯罪類型である(最判昭和551223日刑集347767頁)。犯罪の構造としては、常習性の要件を除けば、複数の単純窃盗に分解可能であり、その構成単位である窃盗行為は、本来相互に関連性の薄い、独立的色彩の強い犯罪といえる。その一部につき、単純窃盗として確定判決があったがために、その余の単純窃盗(捜査観閲に全貌が明らかになっていない場合が多いであろう)に一事不再理効を及ぼすのは実質的に見ても相当ではない旨の指摘がされており、本判決においても、右のような実質的な観点が考慮されたものとうかがわれる。
以上を前提に、本判決は、本判決との関係が問題となる昭和43年判決について、次のように判示して、昭和43年判決を維持している。
なお、
【a】   前訴の訴因が常習特殊窃盗罪又は常習累犯窃盗罪(以下、この両者を併せて「常習窃盗罪」という。)であり、後訴の訴因が余罪の単純窃盗罪である場合や、
【b】   逆に、前訴の訴因は単純窃盗罪であるが、後訴の訴因が余罪の常習窃盗罪である場合
には、両訴因の単純窃盗罪と常習窃盗罪とは一罪を構成するものではないけれども、両訴因の記載の比較のみからでも、両訴因の単純窃盗罪と常習窃盗罪が実体的には常習窃盗罪の一罪ではないかと強くうかがわれるのであるから、訴因自体において一方の単純窃盗罪が他方の常習窃盗罪と実体的に一罪を構成するかどうかにつき検討すべき契機が存在する場合であるとして、単純窃盗罪が常習性の発露として行われたか否かについて付随的に心証形成をし、両訴因間の公訴事実の単一性の有無を判断すべきであるが(最判昭和43329日刑集223153頁参照)、本件は、これと異なり、前訴及び後訴の各訴因が共に単純窃盗罪の場合であるから、前記のとおり、常習性の点につき実体に立ち入って判断するのは相当ではないというべきである。
したがって、刑訴法4102項により、本件引用判例(昭和59年高松高判)は、これを変更し、原判決を維持するのを相当と認めるから、所論の判例違反は、結局、原判決破棄の理由にならない。
本判決は、昭和43年判決について、前訴が単純窃盗の訴因、後訴が常習窃盗の訴因であり、両訴因の記載自体から常習窃盗罪の一罪ではないかと強くうかがわれる契機があるから、単純窃盗の訴因につき、常習性の有無の心証形成をして公訴事実の単一性を判断することができる場合であるとして、両訴因とも単純窃盗の本件事案とは異なる旨を判示し、本判決との関係でその位置付けを明らかにしている。
訴因の比較対照という判断方法を基本とするとしても、昭和43年の最高裁判例の事案のように、前訴が単純窃盗の訴因、後訴が常習窃盗の訴因の場合(【a】)には、両訴因の記載自体からして常習窃盗罪の一罪ではないかと強くうかがわれるところである。本判決は、右の場合には、単純窃盗の訴因につき、常習性の有無の心証形成をして公訴事実の単一性を判断することができる旨を判示し、昭和43年判例の位置付けを行っているが、このように一罪性を強くうかがわせる「契機」が存する場合において、訴因の背後にある社会的実体に踏み込むことは、本判決が挙げる理由①の訴因制度の趣旨等に反するものではないといえよう。すなわち、一事不再理効の有無といった訴訟条件の存否は裁判所の職権調査事項であるところ、その職権調査の条件は、訴因事実に職権調査を必要とするような「契機」が含まれていることであり、比較対照すべき両訴因に現れていない構成要件要素や訴因が考慮されることはないということである。
この昭和43年の最高裁判例とは逆の場合、すなわち、前訴が常習窃盗の訴因で、後訴が単純窃盗の訴因の場合(【b】)についての判例はないが、同様に考えられるであろう。この類型に属するものとして、いわゆる迷惑防止条例違反(痴漢行為)の事案において、前訴が常習痴漢の訴因、後訴が単純痴漢の訴因の場合において、後訴を免訴としたものがある(最判平成1562日裁判集刑284353頁)。
その事案は、「常習として電車内で痴漢行為を行なった」旨の犯罪事実(改正前の公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反)により略式命令が発付されて確定した後に、その確定前に行われた余罪となる同様の痴漢行為が「単純痴漢」として起訴され、その略式命令が確定したところ、検察官から非常上告が申し立てられたというものである。
前掲最判平成1562日は、
「原略式命令が認定した各所為は、その態様等に照らすと、別件略式命令で認定された犯行と同様、条例51項、92項に該当するものとみるべきであり、かつ、別件略式命令の確定する前の犯行であるから、別件略式命令で認定された犯行とともに1個の条例51項、92項の罪を構成するものであったというべきである。そうすると、既に別件略式命令が上記常習一罪の一部について有罪の裁判をしており、これが確定していたのであるから、原裁判所としては、刑訴法4631項により、通常の規定に従って審理をした上、同法3371号により、判決で免訴の言渡しをすべきであった。」
と判示し、原略式命令を破棄し、被告人を免訴としている。
■本件のまとめ■
【1】   前訴の訴因と後訴の訴因との間の公訴事実の単一性についての判断は、
     訴因制度を採用した現行刑訴法の下においては、少なくとも第一次的には訴因が審判の対象であると解されること
     犯罪の証明なしとする無罪の確定判決も一事不再理効を有すること
     前記のような常習特殊窃盗罪の性質や一罪を構成する行為の一部起訴も適法になし得ること
などに照らすと、基本的には、前訴及び後訴の各訴因のみを基準としてこれらを比較対照することにより行うべきである
【2】   前訴および後訴の各訴因が共に単純窃盗罪である場合には、両者が実体的には1つの常習特殊窃盗罪を構成するとしても、常習性の発露という要素を考慮すべき契機は存在しないから、前訴の確定判決による一事不再理効は、後訴に及ばない。
【3】   これに対して、
     前訴の訴因が常習窃盗罪であり、後訴の訴因が余罪の単純窃盗罪である場合
     前訴の訴因は単純窃盗罪であるが、後訴の訴因が余罪の常習窃盗罪である場合
には、両訴因の単純窃盗罪と常習窃盗罪とは一罪を構成するものではないけれども、両訴因の記載の比較のみからでも、両訴因の単純窃盗罪と常習窃盗罪が実体的には常習窃盗罪の一罪ではないかと強くうかがわれるから、訴因自体において一方の単純窃盗罪が他方の常習窃盗罪と実体的に一罪を構成するかどうかにつき検討すべき契機が存在する場合であるとして、単純窃盗罪が常習性の発露として行われたか否かについて付随的に心証形成をし、両訴因間の公訴事実の単一性の有無を判断すべきである