最新判例(刑事訴訟法)(最新判例刑訴法)をご購入いただいた受験生のために、充実したなかびを過ごしていただくために、復習優先度に関するコメントをしました。
優先度は、
★=1
☆=0.5
で、ポイントで表しています。 三つ星(★★★)以上のものは、基本的に 、■本件のまとめ■を載せました。
最新判例刑訴法については以下のサイトを参照して下さい。
■ http://www.dlmarket.jp/product_info.php/products_id/194147
コアカリ刑訴法については以下のサイトを参照して下さい。
■ http://www.dlmarket.jp/product_info.php/products_id/181369
東京高判平成22年11月8日(高刑集63巻3号4頁[重判H23・1])
■本件のまとめ■
警察官が覚せい剤の自己使用の嫌疑のある被疑者を職務質問の開始から強制採尿令状の提示まで約4時間にわたり職務質問の現場に留め置いた措置は、職務質問の開始から約40分間が経過した時点で強制採尿令状の請求手続に取りかかっていたことなどからすれば、違法、不当とはいえない。
■試験対策上のコメント■
本判決の典型論点に関するものとしては重要度が高いです。しかし、本判決を知ってるかどうかはあまり問題ありません。
まず、職務質問の限界、留め置きの限界を確かめましょう。
次に、余力があれば本判決の特徴的部分である当てはめに注目しましょう。
それは、純然たる任意捜査の段階と強制手続への移行段階とを分けて検討しているという部分です。強制手続の段階に入った時点では対象者の所在確保の必要性が高いことを重視した下位規範があります。もちろん、こんな下位規範を暗記する必要はありません。
ここで重要なことは一連の捜査において、どういった視点でどういう理由で留め置き等の必要性を考えるかということです。当てはめでもこの点に着目した書き方ができれば、問題によっては高得点になるでしょう。
もちろん、問題との関係で論じるべきかは考えなければなりません。知ってることを書き連ねることだけは止めましょう。他に書くべきことは多いですよ。
最決平成19年2月8日(刑集61巻1号1頁[重判H19・1])
■本件のまとめ■
① 新たな住居権・管理権の侵害を生じるものではなく、219条1項が「捜索すべき場所」の記載を要求する趣旨に反しないこと
② 令状呈示時点にある物に限定すると物の存否が偶然に左右されるおそれがあり不合理であること
③ 呈示時点の捜索場所に存在しない物におよぶとしても令状呈示の趣旨に反しないこと
から、被疑者方居室に対する捜索差押許可状により同居室を捜索中に被疑者あてに配達され同人が受領した荷物についても、同許可状に基づき捜索することができるものと解する。
■試験対策上のコメント■
本決定はロースクールで十分マスターしているべきものです。したがって、重要度は極めて高いです。
本決定は、最新判例刑訴法66頁以下の理由を理解することに尽きます。67頁以下の本決定の射程もこれで理解できます。
最決平成20年4月15日(刑集62巻5号1398頁[重判H20・1、コア上84、132、133頁])
■試験対策上のコメント■
本決定は、判例自体の価値としては重要性が高いですが、今年の試験で出題される可能性があるかというと低いと思われます。
ただ、最低限、任意捜査の限界において、緊急性、必要性、相当性の判断がどのようになされるのかという点については、当然知っておかなければなりません。
東京地判平成17年6月2日(判時1930号174頁[重判H18・1、コア上133頁])
本判決も最決平成20年4月15日と同様に出題可能性は低いでしょう。
ただ、具体的な当てはめに関しては参考になります。
■ おとり捜査の許容性
★
最決平成16年7月12日(刑集58巻5号333頁[重判H16・2、コア上140頁])
■試験対策上のコメント■
本決定もその判例としての価値は高いものの出題可能性としては低いです。
■ 接見申出と留置担当官・検察官の対応
★☆
最判平成16年9月7日(判時1878号88頁[重判H16・3])
■試験対策上のコメント■
本判決は出題可能性としてはそれほど高くはありませんが、接見交通権自体は出題可能性が高い分野です。
そのため、本判決を復習する前に、まず接見指定の要件の確認をしましょう。この点に関しては、コアカリ刑訴法上161頁以下を参照して下さい。
最判平成17年4月19日(民集59巻3号563頁[重判H17・2])
■試験対策上のコメント■
本判決は接見指定の限界との関係でも重要です。接見交通権という重要な権利を踏まえた利益衡量の視点で当てはめをすることが重要です。
そして、最新判例刑訴法の解説(102頁以下)を理解して下さい。利益衡量の視点が見えてくるはずです。接見指定の問題が出た場合、常に、1つしかない被疑者の身柄を弁護人と捜査機関とでどう調整すべきかを考えて下さい。
最決平成18年11月20日(刑集60巻9号696頁[重判H19・3、コア上199頁])
■試験対策上のコメント■
本決定そのものが出題される可能性は低いと思われます。したがって、復習の優先度としては、捜査、訴因、伝聞法則、自白、違法収集証拠排除法則、が十分といえてからにしましょう。
もっとも、基本的な事項については確認して下さい。少なくとも最新判例刑訴法113頁の解説「1 公訴時効の停止(1)」だけでも確認しておきましょう。この確認には1分もいりませんよ。
最決平成17年10月12日(刑集59巻8号1425頁[重判H17・3、コア上228頁])
■試験対策上のコメント■
本決定自体の重要度は試験対策としては高くありません。
しかし、そこでの考え方は極めて重要です。つまり、訴因の特定を具体的にどう行うべきかということです。ですので、まずもって最新判例刑訴法の解説「1 訴因の特定」は理解して下さい。本決定は最低まとめだけの確認でも結構です。それくらいこの解説部分の理解が重要です。
本決定よりも、最新判例刑訴法121頁以下の■これまでの判例のまとめ■が重要ですので、解説での規範の理解および具体的な当てはめをここでマスターして下さい。
東京高判平成17年12月26日(判時1918号122頁[重判H18・2])
本決定自体の出題可能性は低いです。ですので、本決定のまとめの後にある一罪の一部起訴に関するまとめを先に理解して下さい。こちらの方が出題可能性は高いです。考え方だけでも理解しておきましょう。
■ 交通業過事件における訴因変更
★★★
最決平成15年2月20日(判時1820号149頁[重判H15・2、コア上241頁])
■本件のまとめ■
検察官の当初の訴因における過失の態様を補充訂正したにとどまる場合、裁判所がこれを認定するためには、必ずしも訴因変更の手続を経ることを要しない。
■試験対策上のコメント■
本決定は、試験対策的に極めて重要だと思います。
ただ、最優先すべきは最高裁平成13年4月11日決定(刑集55巻3号127頁〔平成13年決定〕です。そこで、平成13年決定に関しては、最新判例刑訴法141頁以下で■平成13年決定のルール■としてまとめてあります。本決定の要旨およびそこから導かれる判例のルールをこれで確認して下さい。これは最優先です。
次は、コアカリ刑訴法で訴因変更の確認をして下さい。コアカリ刑訴法上235~268頁にかけて具体例も含めて訴因変更に関する論点が網羅されています。これで訴因変更に関する議論はマスターできます。何が来ても大丈夫でしょう。
さらに時間がある場合に、復習を兼ねて最新判例の本決定の箇所を確認しましょう。
訴因に関してはこれで大丈夫でしょう。
東京高判平成20年11月18日(判タ1301号307頁[重判H21・3])
■試験対策上のコメント■
本判決は試験的にも重要な公判前整理手続および訴因変更の許否という論点に関して新しい判断を示したものとして重要度は高いと思います。
出題可能性も低いとはいえないので、最新判例刑訴法で確認しておくことをおすすめしますが、本判決よりも、重要度の高い、上述の訴因変更(とりわけ平成13年決定の理解)、伝聞法則、自白、違法収集証拠排除法則をマスターすべきなのは上述のとおりです。
最判平成22年4月27日(刑集64巻3号233頁[重判H22・5、コア下3、4、40頁])
■試験対策上のコメント■
本判決の試験絀大可能性自体は低いでしょう。したがって、本年度の受験生はこれを確認する優先度は低いものと思って下さい。
なお、現役のロースクール生に関しては本判決を熟読することをすすめます。それは本判決の論点を知れという意味ではなく、論文試験における事実の評価には多様性があるのだということを、本判決を通じて知るという意味で価値が極めて高いからです。
本判決を熟読して、多数意見や少数意見との事実に関する評価を学びましょう。少数意見とはいえそこでの説得力は参考に値しますよ。
東京高判平成22年1月26日(判タ1326号280頁[重判H22・3])
■試験対策上のコメント■
本判決を理解する前に、証拠法総論の確認を最優先にしましょう。まず、コアカリ刑訴法下8頁以下で証拠能力の要件を要チェックです。伝聞証拠に関する論述もこの理解を前提にはじめて説得的にすることができます。
その次はコアカリ刑訴法10頁以下で厳格な証明と自由な証明の意味を正確に理解しましょう。特に自白の任意性に関する議論は絶対に押さえておいて下さい。
その次に、違法収集証拠排除法則の派生証拠の証拠能力に関する議論を確認しましょう。これは最新刑訴法249頁以下で、十分すぎるほど解説しています。
これができてから、最新判例刑訴法159頁以下を確認です。特に本判決においては、「証拠採用に関する合理的な裁量の範囲を逸脱している」という意味を理解して下さい。ここでは形式的に当該事実が厳格な証明の対象か、自由な証明の対象かという議論をしていません。
また、裁量逸脱認定において、当事者主義の観点も考慮されている点も確認しましょう。
大阪高判平成17年6月28日(判タ1192号186頁[重判H18・4、コア下25頁])
■試験対策上のコメント■
本判決は重要です。ですが、その前に最新判例刑訴法166頁以下の解説「1 類似事実の立証」を理解しましょう。ここが最優先です。
次に、本判決の具体的当てはめがどうなっているのかを確認して下さい。
なお、本判決では、弁護人がついて「精緻な弁護活動が行われてきたこと」も理由に類似事実の立証を許容していますが、本試験ではこのような理由付けはしないほうが無難です。なぜなら、「精緻な弁護活動」が刑事手続においてなされることは当たり前だからです。この当たり前のことを理由に類似事実の立証を許容するといった論述は、特に学者からは嫌われること必至です。
むしろ、それ以外の理由がちゃんと用意されていることも含めて、最新判例刑訴法166頁以下の解説「1 類似事実の立証」で復習して下さい。また、コアカリ刑訴法下23頁以下で悪性格の立証を復習しておきましょう。こちらの確認の方が優先度は高いです。
■ 同種前科による犯人性の認定
★★
東京高判平成23年3月29日(判タ1354号250頁[重判H23・4])
■試験対策上のコメント■
基本的に本判決も大阪高判平成17年6月28日と同様のことがいえます。
まず、最新判例刑訴法166頁以下の解説「1 類似事実の立証」を理解しましょう。
次に最新判例刑訴法176頁の解説「1 同種前科による立証」という項目を確認して下さい。
具体的な当てはめに関しては参考になります。
最決平成19年10月16日(刑集61巻7号677頁[重判H19・5、コア下3、4、40頁])
■試験対策上のコメント■
本決定自体の出題可能性は低いと思われます。ですので、受験生は本決定の復習を後回しにして下さい。
情況証拠による犯罪事実の認定(前掲最判平成22年4月27日)と同じことが言えるので、ロースクール生については、熟読することをすすめます。本決定で、事実の評価、認定過程を理解しましょう。試験問題で具体的に当てはめを行うときに有用な視点が本決定を通じて得られるはずです。
もっとも、本決定のみでは具体的当てはめという点では理解できない部分も多いと思われるので、まずは「合理的な疑いを差し挟む余地がない」という意味を最新判例刑訴法183頁以下の解説で理解して下さい。
■ 刑訴法321条1項にいう「署名」と刑訴規則61条
★★★
最決平成18年12月8日(刑集60巻10号837頁[重判H19・6、コア上65頁、コア下137頁])
■本件のまとめ■
① 刑訴法321条1項にいう「署名」には、規則61条の適用がある。
② 供述録取書の供述者の署名を代書した立会人が規則61条2項所定の代書事由を記載しなかった場合でも、同録取書が、末尾にその作成者による代書事由の記載があり、立会人が同記載を見た上で自己の署名押印をしたと認められるような態様のものであるときは、刑訴法321条1項にいう「署名」があるのと同視できる。
■試験対策上のコメント■
本決定は極めて重要です。ですが、その重要という意味は本決定が規則61条に着目したということだけを意味しません。まず、そもそも供述録取書における「署名」の意味を理解することが最優先です。
ですので、最新判例刑訴法190頁以下の解説「1 供述録取書における署名押印の意義」をまずもって確認して下さい。それと併せてコアカリ刑訴法下136頁に記載されている「1 供述書と供述録取書の違い」もちゃんと理解しておきましょう。もちろん、こんな基本事項は知ってるという方がほとんどだとは思いますが、供述書の具体例、供述録取書の具体例を知らない方が結構います。該当箇所で必ずチェックしておいて下さい。具体例を知らないと、当てはめの際にとんでもない失敗をする可能性があります。とはいえ、その確認はそんなに大変じゃないですよ。コアカリ刑訴法のたった4行ほどの具体例を確認するだけでもいいのですから。
もちろん、その次の「2 供述録取書における署名押印の意義」(コアカリ刑訴法下136頁)が重要ですから、絶対に確認しましょう。二重の伝聞の構造と署名・押印の関係が供述録取書を理解する上で最も重要といえます。この点は、最新判例刑訴法190頁での確認でも大丈夫ですよ。
■ 供述不能の意義
★★★
東京高判平成22年5月27日(判タ1341号250頁[重判H23・5])
■本件のまとめ■
① 共犯者とされる証人が自らの刑事裁判が係属中であるなどの理由で証言を拒絶したが、他方で、被害者の遺族の立場を考えると証言したい気持ちがあると述べるなど、合理的な期間内に証言拒絶の理由が解消し、証言する見込みが高かったと認められる上、
② 裁判所において公判前整理手続の時点で証言拒絶を想定し得たのに、検察官に対して証言拒絶が見込まれる理由につき求釈明するなどし、証言を拒絶する可能性が低い時期を見極めて、これに柔軟に対応できる審理予定を定めていなかったなどの経過の下において、重大事案であり、被告人が犯行を全面的に否認し、同証人が極めて重要な証人であること
などを考え併せると、その検察官調書を321条1項2号前段のいわゆる供述不能に当たるとして採用した訴訟手続には法令違反がある。
■試験対策上のコメント■
本判決も重要です。ここでもまず基本事項の確認が最優先です。ですので、まず最新判例刑訴法196頁以下の「1 321条1項2号前段の供述不能」を要チェックです。また、最新判例刑訴法199頁以下でまとめてあります。ここを確認するだけで、供述不能をどう認定すべきかが見えてきます。コアカリ刑訴法下145頁以下の321条1項1号・2号前段の列挙事由についても確認すれば十分です。
次に、本判決を通じて具体的な当てはめを学びましょう。そこで注意すべきは、当てはめの視点です。なんでもかんでも事実を挙げ連ねて「以上より、供述不能の要件を満たす」なんて論述をするなんて人はもういないとは思いますが、確認しておきましょう。つまり、総合判断においても、そこでは重要な事実を指摘できるように、何が重要な事実であるのかということを押さえておきましょう。重要な事実とは供述不能といえるかどうかを判断する資料として使える事実です。この考慮要素は最新判例刑訴法197頁に判断資料として掲げられてますね。この判断資料からアプローチして事実をピックアップすれば、必要最小限で評価の高い当てはめが期待できます。
その上で、最新判例刑訴法198頁以下の当てはめで本件の事実でどう評価したのかを確認しておきましょう。
■ 証人尋問決定後に退去強制処分を受けた外国人の供述調書の証拠能力
★★★
東京高判平成20年10月16日(61・4・1[重判H21・5])
■本件のまとめ■
裁判所が外国人について証人尋問の決定をしているにもかかわらず強制送還が行われた場合であっても、裁判所および検察官が証人尋問の実現に向けて尽力し、入国管理当局も可能な限りこれに協力しようとしていたなど事情の下においては、当該外国人の捜査官に対する供述調書を321条1項2号または3号に基づき証拠とすることが許容される。
■試験対策上のコメント■
本判決も極めて重要です。もちろん、その前に最判平成7年6月20日(刑集49巻6号741頁〔平成7年判例〕)を十分に理解しておくことが先決です。これは最新判例刑訴法205頁以下でまとめてあるので、まずここをチェックしましょう。
平成7年判例を理解すれば、論述の流れは
①「国外にいる」要件該当性
②平成7年判例の要件該当性
という判断枠組みになることが解ると思います。①は321条1項1号・2号前段の要件該当性の問題。②は証拠禁止の問題です。
ここでも、「手続的正義の観点から公正さを欠く」か否かの判断は、総合判断によるということを確認しましょう。そして、ここでも事実をピックアップする上で、重要なものを選択できるようにしましょう。その視点は最新判例刑訴法208頁に①~③にありますね。この視点は忘れてはいけません。
最後に、本判決の具体的当てはめを見ましょう。上記①~③に即して最新判例刑訴法209頁で解説しています。ここを理解すれば十分です。
■ 退去強制により出国した者の刑訴法227条1項に基づく証人尋問調書等の証拠能力
★★★
東京高判平成21年12月1日(判タ1324号277頁[重判H22・4])
■本件のまとめ■
【1】 退去強制による出国者の検察官に対する供述調書について、供述者がいずれ国外に退去させられ公判準備または公判期日に供述することができなくなることを検察官が認識しながら殊更そのような事態を利用しようとした場合、その供述調書を321条1項1号前段書面として証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときは、これを事実認定の証拠とすることが許容されないこともあるとした平成7年判例の趣旨は、227条1項に基づく検察官の請求による証人尋問が行われ、その証人尋問調書が321条1項1号前段書面として証拠請求されたときにも当てはまるものと解される。
【2】 検察官が、
① 供述者の証人尋問の際に弁護人の立会いに異議を申し立てたこと
② 供述者を起訴せずに釈放したこと
③ 供述者の釈放を弁護人に通知しなかったこと
が認められるが、
①については、227条1項による証人尋問は捜査に資するために行われるものであって、弁護人に立会権があるわけではないから、検察官の異議申立てが格別不当なものとはいえないこと
②については、Xを不起訴にした理由に関する検察官の供述の信用性には問題がなくはないし、Xが捜査協力者であること(後記参照)について記録化、証拠化されていない点についての捜査関係者の説明は必ずしも十分説得的ではないが、本件が背景に国際的犯罪組織の関与があることが明らかな事案であって捜査の密行性が重視されること等からすると、捜査当局がXを起訴することなく釈放したことも不当とはいえないこと
③については、弁護人がXに対する尋問の機会があると考えたのは無理からぬところがあるが、検察官においてXを釈放して入管当局に引き渡したことを弁護人に通知しなければならないとする根拠はないこと
等から、検察官において、供述者が国外退去させられ、被告人の公判手続において供述することができなくなるという事態を不当に利用したとはいえず、他にそうした不当な意図をうかがわせる事情も認められない。
等から、検察官において、供述者が国外退去させられ、被告人の公判手続において供述することができなくなるという事態を不当に利用したとはいえず、他にそうした不当な意図をうかがわせる事情も認められない。
したがって、本件各調書を321条1項1号前段または2号前段により証拠採用できる。
■試験対策上のコメント■
東京高判平成20年10月16日と同じく、重要裁判例です。ですが、まずもって平成7年判例を理解することも上述のとおりです。
本判決も当てはめが秀逸ですので、当てはめの参考に是非、最新判例刑訴法215頁を参照して下さい。
なお、本判決に関する重判の解説を読むと混乱するおそれがあるので注意して下さい。227条1項により作成された尋問調書は、321条1項1号の裁判官面前調書に当ることに争いはありません。
■ 被害・犯行状況の再現結果を記録した実況見分調書等の証拠能力
★★★★
最決平成17年9月27日(刑集59巻7号753頁[重判H17・7、コア下117、137、227頁])
■本件のまとめ■
捜査官が被害者や被疑者に被害・犯行状況を再現させた結果を記録した実況見分調書等で、実質上の要証事実が再現されたとおりの犯罪事実の存在であると解される書証が326条の同意を得ずに証拠能力を具備するためには、321条3項所定の要件が満たされるほか、再現者の供述録取部分については、再現者が被告人以外の者である場合には321条1項2号または3号所定の要件が、再現者が被告人である場合には322条1項所定の要件が、写真部分については、署名押印の要件を除き供述録取部分と同様の要件が満たされる必要がある。
■犯行再現写真の伝聞例外要件■
再現者が被告人以外の者
|
再現者が被告人
|
①
321条3項所定の要件
②
321条1項2号または3号所定の要件
|
①
321条3項所定の要件
②
322条1項所定の要件
|
*ただし、写真部分についえは署名押印の要件不要
|
■試験対策上のコメント■
いうまでもなく、最重要判例の1つです。
ですが、本決定(平成17年決定)を復習する前に、当たり前のことを確認して下さい。まず、伝聞法則の基本を確認しましょう。最新判例刑訴法221頁以下でまとめてあります。時間のない方はここをまずチェックしましょう。できれば、伝聞に関する項目を伝聞証拠の意義、伝聞・非伝聞の区別とともにコアカリ刑訴法下110~131頁で確認しましょう。ここは理解だけじゃなく、暗記すべき部分もあります。太文字を参照して下さい。暗記すべき部分は四角で囲んでまとめているのでそれも参照して下さい。同時に、コアカリ刑訴法下187頁の「●現場写真等の証拠能力について、判例の立場及び主要な考え方をふまえて説明することができる。」の項目もチェックしましょう。
次に、321条3項の基本的な要件をチェックしましょう。これはコアカリ刑訴法下153頁以下にあります。
その次に、最新判例刑訴法222頁を読んで、現場指示と現場供述を正確に理解して下さい。図もあるので、理解自体は容易だともいます。
これができたら、被害・犯行再現状況報告書の要証事実と立証趣旨の関係を把握しましょう。総論部分は真っ先にしていると思うので、次は要証事実①~④を最新判例刑訴法224頁で確認して、理解に努めましょう。色々あってややこしいと感じるかも知れませんが、結局は要証事実が供述内容の真実性が問題になるかどうかという視点からみればいいのです。これは伝聞・非伝聞の区別と同じですね。そう、同じ話なんです。
最後に必ず、本決定の要件を正確に理解して、かつ、暗記して下さい。最新判例刑訴法225頁以下を確認して下さい。
本決定自体はすでに試験に出題されていますが、要証事実の把握という意味ではすごく役立つ判例です。そのため、試験対策的には、本決定の要旨よりも、最新判例刑訴法の解説部分の理解が優先されます。必ず、解説部分、特に伝聞法則の基本は押さえておいて下さい。
■ 証人尋問における被害再現写真の利用
★☆
最決平成23年9月14日(裁時1540号12頁[重判H23・7])
■試験対策上のコメント■
本決定自体の出題可能性はそれほど高くはないと思われます。
ここでは、上記の平成17年決定との連続性を意識しましょう。その上で、規則199条の12との関係を理解できれば十分です。
ですので、本決定自体の復習の優先度は低いです。むしろ、平成17年決定の解説部分(とりわけ、伝聞証拠の意義、要証事実・立証趣旨の意義・関係)をまず理解しましょう。
■ 私人作成の火災原因に関する報告書の証拠能力
★★★
最決平成20年8月27日(刑集62巻7号2702頁[重判H20・3、コア下155、159頁])
■本件のまとめ■
火災原因の調査、判定に関し特別の学識経験を有する私人が燃焼実験を行ってその考察結果を報告した本件書面については、
① 321条3項所定の書面の作成主体が「検察官、検察事務官又は司法警察職員」と規定されていること、およびその趣旨に照らし同項の準用はできないが、
② 321条4項の書面に準ずるものとして同項により証拠能力を有する。
■試験対策上のコメント■
本決定は、321条3項の理解をする上で極めて重要です。
そこで、まず、最新判例刑訴法237頁で検証調書の作成主体の考え方とともに321条3項が伝聞例外とされている趣旨をマスターしましょう。
それと同時に、321条4項が伝聞例外とされている趣旨も押さえましょう。ここでは、「鑑定」の意義、趣旨、内容の理解が重要です。
以上を理解したら、本件書面がなぜ321条3項の書面として扱われず、321条4項書面として証拠能力が肯定されたかをチェックしましょう。以上の理解があれば、容易に理解できます。
■ 刑訴法328条により許容される証拠
★★★★
最判平成18年11月7日(刑集60巻9号561頁[重判H19・7、コア下184、185、187、191頁])
■本件のまとめ■
328条は、公判準備又は公判期日における被告人、証人その他の者の供述が、別の機会にしたその者の供述と矛盾する場合に、矛盾する供述をしたこと自体の立証を許すことにより、公判準備又は公判期日におけるその者の供述の信用性の減殺を図ることを許容する趣旨である。
したがって、328条により許容される証拠は、信用性を争う供述をした者のそれと矛盾する内容の供述が、同人の供述書、供述を録取した書面(刑訴法が定める要件を満たすものに限る)、同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述またはこれらと同視し得る証拠の中に現れている部分に限られる。
■試験対策上のコメント■
本判決は本命中の本命といえるでしょう。本判決に関しては、すべて重要です。
ですので、最新判例刑訴法241頁以下をじっくり読んで理解して下さい。十分な解説があります。
また、コアカリ刑訴法下183~187頁もチェックして、回復証拠・増強証拠の意味、弾劾証拠との関係も理解しましょう。まず、これを復習してもいいと思います。
いずれにしても本判決の限定説の立場、厳格な証明を要するとした意味、供述録取書ゆえ署名・押印を要求した意味、それぞれ正確に理解しましょう。
なお、本判決の重判解説は混乱を招くおそれがあるので注意して下さい。供述録取書で署名・押印を要求して、本来ならば再伝聞である供述録取書をただの伝聞にしている意味を理解して下さい。328条の限定説はこの部分まですべて非伝聞にするような規定ではありません。328条が「確認規定」「注意規定」とされているのは、本来的に非伝聞のケースだからということを最新判例刑訴法またはコアカリ刑訴法の解説を読んで正確に理解して下さい。
■ 逮捕手続の違法と尿鑑定書の証拠能力
★★★★★
最判平成15年2月14日(刑集57巻2号121頁[重判H15・3、コア下197、203、209、212、213、215、216頁])
■本件のまとめ■
① 被疑者の逮捕手続には、逮捕状の呈示がなく、逮捕状の緊急執行もされていない違法があり、これを糊塗するため、警察官が逮捕状に虚偽事項を記入し、公判廷において事実と反する証言をするなどの経緯全体に表れた警察官の態度を総合的に考慮すれば、本件逮捕手続の違法の程度は、令状主義の精神を没却するような重大なものであり、本件逮捕の当日に採取された被疑者の尿に関する鑑定書の証拠能力は否定される。
② 捜索差押許可状の発付に当たり疎明資料とされた被疑者の尿に関する鑑定書が違法収集証拠として証拠能力を否定される場合であっても、同許可状に基づく捜索により発見され、差し押さえられた覚せい剤およびこれに関する鑑定書は、その覚せい剤が司法審査を経て発付された令状に基づいて押収されたものであり、同許可状の執行が別件の捜索差押許可状の執行と併せて行われたものであることなどの下では、証拠能力を否定されない。
■試験対策上のコメント■
本判決もいうまでもなく最重要と位置づけられる判例です。ですので、本判例の最新判例の解説をなめ回すように読み返して下さい。ここをマスターするだけで、違法収集証拠排除法則の問題は十二分に対応できるような内容にしています。
当該解説を見ればわかりますが、チェックすべき項目はかなり多いです。ですが、逆にこれらを把握しておけば試験では他を圧倒できます。ピンポイントで重要な事実をピックアップして、時間内にそれらを網羅して書き切れるでしょう(もちろん演習量に比例します)。
違法収集証拠排除法則の答案は、ハッキリ言って当てはめです。総論部分はほぼ全員が似たようなことを書きます。したがって、相対的に上位になるかは、
①
第1に違法の重要性、排除相当性の当てはめ
②
次に、派生証拠との密接関連性の当てはめ
によって決まるといえます。つまり、この2点が点数差に直結します。
当てはめにおいて重要な視点は最新判例刑訴法251頁にあります。これらの視点からまず、違法の重要性、排除相当性を検討して下さい。
また、密接関連性については、255頁以下を参考に、着目すべき視点を確認しておきましょう。特に259頁の①~③の視点だけは覚えておきましょう。また、毒樹の果実の理論や例外法理については、コアカリ刑訴法下213頁以下を確認しておきましょう。また、自白との関係とともにコアカリ刑訴法下80~86頁以下を参照して下さい。自白もいつ出題されてもおかしくありません(★★★★)。
そして、できれば、最新判例刑訴法260頁以下の「■昭和53年判決以後における判例の動き■」で、判例の考慮しているポイントや具体的な当てはめを確認できれば、違法収集証拠排除法則については完璧でしょう。
■ 宅配便荷物のエックス線検査と検証許可状の要否
★★★★
最決平成21年9月28日(刑集63巻7号868頁[重判H21・1、コア下205頁])
■本件のまとめ■
【1】 荷送人の依頼に基づき宅配便業者の運送過程下にある荷物について、捜査機関が、捜査目的を達成するため、荷送人や荷受人の承諾を得ずに、これに外部からエックス線を照射して内容物の射影を観察する行為は、検証としての性質を有する強制処分に当たり、検証許可状によることなくこれを行うことは違法である。
【2】 本件覚せい剤等は、違法な本件エックス線検査の射影の写真などを一資料として発付された捜索差押許可状に基づき発見されたものであるから、本件覚せい剤等は、違法な本件エックス線検査と関連性を有する証拠である。
【3】 しかし、
① 本件エックス線検査当時に覚せい剤譲受け事犯の嫌疑が高まっており、更に事案を解明するために本件エックス線検査の実質的必要性があったこと
② 警察官には令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があったとはいえないこと
③ 本件覚せい剤等は、司法審査を経て発付された各捜索差押え許可状に基づく捜索において発見されたものであり、その発付に当たっては、本件エックス線検査の結果以外の証拠も資料として提供されたものとうかがわれること
からすれば、その証拠収集過程に重大な違法があるとまではいえず、その他、その証拠の重要性等諸般の事情を総合すると、その証拠能力を肯定することができると解する。
■試験対策上のコメント■
本決定も重要です。ここでは、強制処分性も問われるところですので、出題可能性もかなり高いといえます。
ですので、コアカリ刑訴法できちんと事案と解説を読んで理解しておきましょう。特に、最新判例刑訴法275頁における考慮事情は絶対に押さえておきましょう。
本決定のポイントは検証たる性質を有する処分の認定と、本件エックス線検査を違法としながら、密接関連性を否定した理由です。
仮に、捜査機関が本件エックス線検査を検証として強制処分性を有すると認識しながら無令状のまま行っているケースを考えた場合に、証拠都の密接関連性を否定できたかを考えておきましょう。
■ 長時間にわたる職務質問の後に発見された証拠
★★★★
東京高判平成19年9月18日(判タ1273号338頁[重判H20・4、コア下208頁])
■本件のまとめ■
① 警察官が自動車の運転者に対する職務質問において、薬物前科が判明したことなどにより、所持品検査及び車内検査に応じることを求めて、同運転者が立ち去ることを繰り返し要求していたにもかかわらず、これを無視してその場に約3時間半にわたり留め置いたことは、任意捜査の限界を超え、違法な職務執行である。
② 被告人の現行犯逮捕に至るまでの手続は、一体として違法であり、その違法の程度は令状主義の精神を没却するような重大なものであったといわざるを得ず、このような違法な手続に密接に関連する証拠を許容することは将来における違法捜査抑制の見地からも相当でないと認められるのであって、その証拠能力を否定すべきである。
③ 警察官は、この逮捕に伴う捜索により、被告人車両の後部トランクルームから本件大麻を発見し、本件大麻を所持していたことを被疑事実とする大麻取締法違反の罪で被告人をさらに現行犯逮捕した上、これに伴う捜索差押手続により本件大麻を押収したが、本件大麻等は、上記の重大な違法があると判断される手続と明らかに密接な関連を有する証拠である。したがって、本件大麻等の証拠能力を否定した原判決の判断は、正当として是認することができる。
■試験対策上のコメント■
本判決はそのまま問題として出題されてもおかしくないくらい色々な事実の当てはめが考えられる事案です。違法収集証拠排除法則の要件該当性(派生証拠との密接関連性含む)や捜査の適法性も問題になるので、出題可能性は高いです。ですので、本判決も要チェックといえます。
ただ、必ずしも本判決をしらなければならないというわけではありません。むしろ、知識に引きずられる危険性もありますので、上記の平成15年判例を十分に理解することを最優先して下さい。
本判決は当てはめが参考になるので、具体的な当てはめを把握したいという場合に参考になります。特に、最新判例刑訴法282頁の①~⑤の考慮事情は参考になります。
■ ホテル客室での職務質問と所持品検査
★★★
最決平成15年5月26日(刑集57巻5号620頁[重判H15・1、コア下204頁])
■本件のまとめ■
① 警察官がホテルの責任者から料金不払や薬物使用の疑いがある宿泊客を退去させてほしい旨の要請を受けて、客室に赴き職務質問を行った際、宿泊客が料金の支払について何ら納得し得る説明をせず、制服姿の警察官に気付くといったん開けたドアを急に閉めて押さえたなど事情の下においては、警察官がドアを押し開けその敷居上辺りに足を踏み入れて、ドアが閉められるのを防止した措置は、適法である。
② 警察官が、ホテル客室に赴き宿泊客に対し職務質問を行ったところ、覚せい剤事犯の嫌疑が飛躍的に高まったことから、客室内のテーブル上にあった財布について所持品検査を行い、ファスナーの開いていた小銭入れの部分から覚せい剤を発見したなど判示の事情の下においては、所持品検査に際し警察官が暴れる全裸の宿泊客を約30分間にわたり制圧していた事実があっても、当該覚せい剤の証拠能力を肯定することができる。
■試験対策上のコメント■
本決定も重要です。本決定は、職務質問の限界や所持品検査の問題も含まれている点でも出題可能性が高いと思われます。
ただ、本決定の事案がそのまま出るわけではなく、捜査の適法性に関しては、例えば、ホテルの支配人が何の根拠もなくやくざ風で覚せい剤をやっていると思い込んでまだチェックアウト前なのに通報した場合や、とりたてて不可解な言動もしていない場合でも、職務質問の必要性から客室の立入りを適法とできたか?本決定の事案は一見やくざ風だったが、そうじゃない場合はどうか?強制的に所持品の中身を確認したような場合(プライバシー侵害の度合いが大きい場合)など、考えておきましょう。これは本決定の射程の問題です。
また、令状執行のケースで令状呈示を怠った場合はどうか?なども本決定の事案と絡めて出題された場合、正確に事案を捉えることができるかが試験現場では問われるでしょう。
本決定は、事案の特殊性から違法性なし、ゆえに違法収集証拠排除法則の問題にならないとしたものですが、少し事案を変えるだけで、捜査の適法性は違法に揺らぎます。本決定を確認する場合、この点を意識して、特に本決定の事案と類似の問題が出た場合は気をつけましょう。決して、「あ、これはあの判例だな。結論は適法だったな」などという思考から適法ありきの論述はしてはいけません。これは他の判例でも同様ですね。
最決平成17年7月19日(刑集59巻6号600頁[重判H17・1、コア下224頁])
■試験対策上のコメント■
本決定の出題可能性は低いと思われます。
ただ、違法収集証拠排除法則の問題で小さい論点として、例えば、捜査機関が私人を利用して違法に証拠を入手した場合や、その入手した証拠で令状をとって逮捕したり捜索差押えをした場合、その逮捕勾留下でなされた自白の証拠能力等については、問われる可能性もあります。
特に、違法な身柄拘束下での自白は、出題可能性大です。違法収集証拠排除法則と自白法則との関係も含めて、コアカリ刑訴法下64頁「1―4 違法な手続で獲得された自白」以下で確認しておきましょう。本決定よりも、この確認が最優先です。特に、66頁における自白法則・違法収集証拠排除法則二元論の考えを確認して、67頁の「自白法則・違法収集証拠排除法則二元論における証拠排除の類型」で出題される問題の類型を予め確認しておきましょう。その次にある「具体的事案における法的構成」まで確認できれば十分です。
最決平成21年7月21日(刑集63巻6号762頁[重判H21・6、コア下248、260、261頁])
■試験対策上のコメント■
本判決の出題可能性は必ずしも高いわけではありません。ただし、訴因、共謀共同正犯といった点が問題となる事案で、これらに関する刑訴法の判例は少なくありません。そういう意味から、複合問題として、出題される可能性はないとはいえません。
本決定では、まず問題の所在を確認して、本決定がどういう点に着目して判断しているのかを確認しましょう。
● 概括的認定、択一的認定が許される場合について、判例の立場及び主要な考え方をふまえ、具体的事例に即して説明することができる。
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【ケース30】
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被告人は、単独犯として窃盗、窃盗未遂合計8件で起訴された。
被告人は、裁判所において、上記8件のうちの4件の窃盗については、被告人は実行行為の全部を1人で行ったものの、他に共謀共同正犯者が存在するから、被告人には、単独犯ではなく共同正犯が成立すると主張した。
裁判所は、このうち2件の窃盗について、記録上被告人が実行行為の全部を1人で行ったこと、および他に共謀共同正犯者が存在することが認められるとし、共謀共同正犯者との共謀を認定することは可能であったとしたが、このような場合でも、検察官が被告人を単独犯として起訴した以上は、その訴因の範囲内で単独犯と認定することは許されるとした。
裁判所の認定は適法か。
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☜共同正犯の可能性
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■問題の所在■
【ケース30】では、単独犯の訴因で起訴された被告人が、自らが実行行為の全部を1人で行ったことを認めながらも、他に共謀共同正犯者が存在することを主張している。
このような場合、裁判所は、他に共謀共同正犯者が存在する以上は犯情の軽いと考えられる共同正犯を認定しなければならないのか、それとも、被告人が実行行為の全部を1人で行い、被告人1人の行為により犯罪構成要件のすべてが満たされる以上は、そのまま単独犯を認定してよいのかが問題となる。
【参照条文】
第256条(起訴状、訴因、罰条)
1項 公訴の提起は、起訴状を提出してこれをしなければならない。
2項 起訴状には、左の事項を記載しなければならない。
1号 被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項
2号 公訴事実
3号 罪名
3項 公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。
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■解説■
1
単独犯の訴因で起訴された被告人に共謀共同正犯者が存在する場合の問題
(1)
従来の議論
これまで、被告人1人の行為により犯罪構成要件のすべてが満たされるが、他に共謀共同正犯者が存在するかどうかが不明である場合に、単独犯、共同正犯のいずれを認定すべきか、あるいは「単独又は共謀の上」との認定が許されるか、という択一的認定(秘められた択一的認定)の問題が議論されてきた。
裁判例は、この場合における処理について、
①
単独犯と共同正犯との択一的認定をし、2つの事実の具体的な犯情を比較して軽い方を基礎として量刑をする
②
択一的認定は許されず、「疑わしきは被告人の利益に」の原則を適用して犯情の軽い共同正犯を認定する
③
択一的認定は許されず、単独犯を認定し、共同正犯の疑いがある点は量刑において考慮する
などの考え方に分かれている。
最高裁判例はなく、高裁判例は、①の立場に立つ東京高判平成4年10月14日(判タ811号243頁〔訴因は共同正犯〕)、②の立場に立つ札幌高判平成5年10月26日(判タ865号291頁〔訴因は単独犯〕)、③の立場に立つ東京高判平成10年6月8日(判タ987号301頁〔訴因は単独犯と共同正犯の択一的訴因〕)に分かれている。
(2)
犯情と量刑の関係
上記の裁判例は、いずれも犯情についてどのような評価をすべきかという点に着目している。
例えば、前掲東京高判平成4年10月14日は、被告人が強盗の実行行為のすべてを行った事案について、強盗の共同正犯と単独犯を択一的に認定し被告人に対し懲役3年6月の有罪判決を言い渡した原判決を量刑不当であるとして破棄し、被告人に対し、「原判決が認定した事実に、原判決が適用した法令を適用し」、懲役3年の有罪判決を言い渡した。その際、東京地裁は、択一的認定を行った場合、「単独犯と共同正犯の各事実について具体的な犯情を検討した上、犯情が軽く、被告人に利益と認められる事実を基礎に量刑を行うべきであると考える。本件においては、共同正犯の事実の方が犯情が軽く、被告人に利益と認められるので、この事実を基礎に量刑を行うこととなる」とした(同判決は、被告人およびその実兄が共同正犯で起訴されていた事案であって、訴因外事実の考慮が問題となった事案ではないが、単独犯と共同正犯の犯情に言及する点は参考になる)。
さらに、共同正犯として起訴された事案ではあるが、最決平成13年4月11日(刑集55巻3号127頁)は、共同正犯において実行担当者でなかった場合、ないし、被告人以外にも実行担当者が存在した場合の犯情が、被告人のみが実行担当者であった場合のそれと比較して、同等、あるいは、軽いことを前提としており、ここでは、単独で実行を担当することが、犯情を重くする要素と考えられている。
しかし、共謀共同正犯者が存在する場合の方が常に犯情が軽いとまで結論付ける論理的必然性はない。量刑の基礎になる情状には、被告人と被害者との関係、犯行の動機・目的、犯行の方法・手段、態様、被害の大小・程度、犯行の回数、共犯関係などのいわゆる犯情(コア下14頁)があるが、これらは量刑にどのような評価になるのかは具体的事情によって変わってくる(コア下267頁)。例えば、被告人と共謀共同正犯者との関係や犯行全体で各人が果たした役割の大小、各人が犯行から得た利益の多寡、各人が犯行に至る経緯等は、事案ごとに様々であるから、共謀共同正犯者が存在する場合の方が、単独犯の場合よりも犯情が悪いということも十分あり得るのである。
2
【ケース30】の具体的判断
【ケース30】の問題と、単独犯と共同正犯の択一的認定の問題の問題状況はほぼ共通する。これまでの単独犯と共同正犯の択一的認定の問題においては、もっぱら、共同正犯という「構成要件の修正形式」と単独犯の関係をどのように理解するか、例えば、両者は実質的に同一構成要件とみなし得るかが議論されてきた。
しかし、【ケース30】のように、被告人が実行行為の全部を1人で行っており、被告人の行為だけを取り出しても犯罪構成要件のすべてを満たしている場合については、その前段階の問題として、単独犯と共同正犯の実体法上の成立関係、すなわち共同正犯が成立する場合は単独犯は成立しないのかがまず問題とされるべきである。
このような理解から、本決定は、次のように判示して、訴因どおり単独犯を認定することができるとした。
所論は、被告人が実行行為の全部を1人で行っていても、他に共謀共同正犯者が存在する以上は、被告人に対しては共同正犯を認定すべきであり、原判決には事実誤認があると主張する。
そこで検討するに、検察官において共謀共同正犯者の存在に言及することなく、被告人が当該犯罪を行ったとの訴因で公訴を提起した場合において、被告人1人の行為により犯罪構成要件のすべてが満たされたと認められるときは、他に共謀共同正犯者が存在するとしてもその犯罪の成否は左右されないから、裁判所は訴因どおりに犯罪事実を認定することが許されると解するのが相当である。
|
まず、犯罪の成否に関する判断として、実体法上、単独犯として犯罪が成立したものと認定することが可能かという点について考えると、
①
単独犯の処罰根拠規定は、犯罪構成要件および法定刑を定めているが、それ以上に、行為主体の員数について定めているわけでもなければ、他に関与者がいないことを要求しているわけでもないこと
②
他方、共犯規定は、実行行為の全部又は一部を行っていないため、自ら単独犯の犯罪構成要件のすべてを満たしていない者について、一定の要件の下で処罰できるようにした処罰拡張規定であること
からすれば、被告人1人の行為により単独犯の犯罪構成要件のすべてが満たされる場合は、仮に共同正犯の規定が存在しない場合であっても単独犯の規定により処罰されるのであるから、共同正犯の規定を適用する要件が満たされている場合であっても、なお単独犯の成立を認めることができると解すべきである。したがって、【ケース30】においては、訴因どおり単独犯を認定することができる。
また、裁判所の審理の範囲・内容の観点からみたときも、被告人1人の行為により単独犯の犯罪構成要件のすべてが満たされる場合は、裁判所は、犯罪事実の認定においては他の共謀共同正犯者の存否を認定する必要はなく、後は量刑事情として、その重要性、必要性に応じて、他の関与者の存否やその程度を審理、判断すれば足りることになり、審理の範囲・内容も合理的なものになると考えられる。
これに対して、単独犯の訴因で起訴された被告人につき、被告人1人の行為により単独犯の犯罪構成要件のすべてが満たされる場合であっても、共犯規定の要件を満たす限りは共犯規定に依拠しなければならず、単独犯の規定による処罰は許されないと解すると、裁判所は、被告人から他の共謀共同正犯者の存在が主張された場合は、常にその存否を審理しなければならないことになる。しかし、これは被告人の刑事責任の有無(犯罪の成否)を左右するものではない上、量刑に当たっても、例えば他に関与者がいるとして、その関与者が共謀共同正犯なのか、それとも教唆犯、幇助犯にとどまるのかを確定する必要のある場合はそれほど多くないと考えられることからすると、審理の範囲・内容が不必要に拡大するおそれがあり、相当でない。
本判決もこのような理解から、「他に共謀共同正犯者が存在するとしてもその犯罪の成否は左右されないから、裁判所は訴因どおりに犯罪事実を認定することが許される」と説示したものと解される。
■本件のまとめ■
検察官において共謀共同正犯者の存在に言及することなく、被告人が当該犯罪を行ったとの訴因で公訴を提起した場合において、被告人1人の行為により犯罪構成要件のすべてが満たされたと認められるときは、他に共謀共同正犯者が存在するとしても、裁判所は訴因どおりに犯罪事実を認定することが許される。
■ 裁判員裁判における控訴審
☆
東京高判平成22年5月26日([重判H23・9])
■試験対策上のコメント■
本判決の出題可能性は低いでしょう。
最判平成15年10月7日(刑集57巻9号1002頁[重判H15・5、コア上189、190、232、249頁、コア下286~288頁])
■試験対策上のコメント■
本判決自体が出題される可能性は低いと思われますが、公訴事実の同一性の判断基準や、訴訟条件の存否に関する判断基準について確認しておくといいでしょう。
● 一事不再理効の及ぶ客観的範囲について、一事不再理効の根拠に関する主要な考え方との関係をふまえて説明することができる。
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● 一事不再理効が及ぶか否かの判断方法について、判例の立場及び主要な考え方をふまえて説明することができる。
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【ケース32】
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被告人は、夜間の侵入盗等を繰り返していたところ、その一部の犯行が、まず建造物侵入・単純窃盗の訴因により起訴されて(本件前訴)、有罪判決が確定した。
その確定後に、上記前科の余罪に当たる本件の窃盗事犯(計22件)が、単純窃盗または建造物侵入・単純窃盗の訴因により起訴された(本件後訴)。
本件後訴は免訴とされるべきか。
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☜本件前訴は単純窃盗
☜本件後訴も単純窃盗
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■問題の所在■
337条1号は「確定判決を経たとき」に該当する場合、免訴とすべきと定める。
そこで、【ケース32】の本件後訴が「確定判決を経たとき」に当るか。本件後訴が、本件前訴をもって「確定判決を経たとき」といえるかが問題となる。
【参照条文】
憲法第39条(事後法・遡及処罰の禁止、一事不再理)
何人も、実行の時に適法であった行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない。また、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない。
第337条(免訴の判決)
左の場合には、判決で免訴の言渡をしなければならない。
1号 確定判決を経たとき。
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■解説■
1 一事不再理効
(1) 一事不再理効のおよぶ客観邸範囲
憲法39条は、「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない」として、一事不再理の原則を宣言し、これを受けて337条1号の「確定判決を経たとき」に該当するとして免訴の言渡しをすべきことを定める。免訴を言い渡すべき範囲、すなわち確定判決の一事不再理効の範囲は、審判の対象とされた事実のみならず、確定判決前に犯された公訴事実を単一、同一にするすべての事実に及ぶというのが通説・判例である。
公訴事実の単一性とは、前訴と後訴の両訴因が実体上一罪ないし科刑上一罪の関係に立つ場合である。前訴の訴因と後訴の訴因とが一罪の関係に立つ場合は、単一の公訴事実として両者間に公訴事実の同一性を認めるべき場合であるから、確定判決の一事不再理効が後訴の訴因に及ぶことになる。すなわち、一罪の一部について既に確定判決があるのに、一罪の他の部分につき別途犯罪が成立すると主張して審判を求めるのは、不当な蒸し返しであって許されない。
例えば、有害業務への労働者供給の罪(職安63条2号)につき確定判決がある場合に、これと観念的競合の関係に立つ中間搾取の罪(労基6条・118条1項)につき起訴があったときは、免訴判決が言い渡される(最判昭和33・5・6刑集12巷7号1297頁)。
(2) 実体法一罪の関係にある罪
ア 前訴訴因が単純窃盗で後訴訴因が常習累犯窃盗の場合
常習窃盗(常習特殊窃盗のほか、常習累犯窃盗〔盗犯3条〕の場合も同じ)は、複数の窃盗行為を常習性の発露という面から一罪としてとらえて刑罰を加重する罪であるから、その一部について確定判決がある場合、他の部分の起訴に対しては同じく免訴判決で終局すれば足りるとも考えられる。
しかし、常習性の発露という面を除けば各窃盗行為相互間に本来的な結び付きはないため、各窃盗行為を単純窃盗として起訴する事態が生じうる(常習窃盗を構成すべき他の余罪が後になって判明することもあろうし、常習性の立証困難等の理由により個別の単純窃盗で起訴することもありうる)。そのような場合のうち、本判決の引用する最判昭和43年3月29日(刑集22巷3号153頁〔昭和43年判決〕)は、前訴の訴因が単純窃盗、後訴の訴因が常習累犯窃盗の事案において、前訴の単純窃盗も後訴の各犯行とともに1つの常習累犯窃盗を構成する関係にあると判断して、常習累犯窃盗(そのうち、前訴確定判決前に敢行された部分)については免訴すべきであるとした。
イ 前訴訴因が常習累犯窃盗で後訴訴因が単純窃盗の場合
では、逆に、前訴が常習窃盗で後訴が単純窃盗である場合に、後訴の受訴裁判所が、後訴の窃盗も前訴の常習窃盗とともに一罪を構成すると判断してよいか。
この場合も、昭和43年判決に従って考えると、前訴の常習窃盗が後訴の単純窃盗と公訴事実すでに常習窃盗罪の事実についての確定判決があるときは、さらに常習窃盗の事実を起訴した場合はもとより、単純窃盗の事実を起訴した場合も、免訴とすべきことになろう。
ウ 前訴・後訴の訴因がともに単純窃盗の場合
それでは、前訴、後訴がともに単純窃盗の訴因の場合はどうか。これが【ケース32】の問題である。
被告人からは、常習窃盗の一部について既に確定判決がある場合にあたる旨の主張をするだろう。これに対して、検察官としては、別個の犯罪を起訴したのであって、確定判決が単純窃盗を認定し、後訴の検察官の主張も単純窃盗であるのに、後訴の受訴裁判所が常習性を考慮に入れて一罪と判断することはできないはずだと考えるであろう。
単純窃盗の訴因と常習累犯(あるいは特殊)窃盗の訴因の間に公訴事実の単一性を肯定するためには、単純窃盗の訴因が常習性の発露として行われたという実体を備えていることが必要である。したがって、昭和43年判決は、両訴因の公訴事実の単一性の判断に当たり、単に訴因のみを比較対照するだけではなく、前訴の単純窃盗の訴因につき、実体に踏み込み、それが常習性の発露であるとの心証を形成した上で、両訴因が一罪の関係にあることを判断したという見方が考えられる。
仮に、その判断手法を一貫させるとすれば、前訴および後訴が共に単純窃盗の訴因である【ケース32】のような場合においても、公訴事実の単一性の判断に当たり、実体に踏み込み、それぞれの訴因につき、両訴因に含まれていない「常習性」の有無について心証を形成し、それを基準として、実体上両訴因が常習窃盗罪の一罪を構成するか否かを検討するという考え方も成り立ち得る。
現に、昭和43年判決の後、前訴が単純賭博の訴因、後訴が単純賭博の訴因(当初の訴因は「常習賭博」であったが、後に「単純賭博」に訴因変更された。)の事案において、両訴因は実体上常習賭博一罪の関係にあるとして免訴とした横浜地川崎支判昭和49年9月25日(判時768号128頁)が現れ、さらに、高松高判昭和59年1月24日(判時1136号158頁〔昭和59年高松高判〕)が、同様の判断手法により前訴、後訴の単純窃盗の訴因が常習特殊窃盗罪の一罪の関係にあるとして公訴事実の単一性を肯定し、後訴を免訴とした。
昭和59年高松高判の理由の骨子は、
① 後訴の事件が確定判決を経ているか判断するのだから、前訴の確定判決の拘束力を問題とする余地はない
② 訴追が事実上不能な余罪には一事不再理効が及ばないとすると、その例外的基準を具体的に定立することが困難である
③ 訴因制度の趣旨・目的に照らすと、裁判所が訴因を超えて事実認定し有罪判決をすることは許されないが、免訴判決をする場合には訴因に拘束されない(確定判決の有無という訴訟条件の存否は職権調査事項である)
というのである。
確かに、昭和59年高松高判は、理論的には明快とはいえるものの、当該事案では、被害額1360円相当の単純窃盗1件の確定判決があったことにより、後に起訴されたその余罪となる30件余り、被害総額4円余りの窃盗が全て免訴となるという結果となっており、具体的妥当性の観点から疑問が呈され、この判決を機に、後訴が免訴とならないための様々な理論的な提言がされてきたところである。
2 【ケース32】の具体的判断
【ケース32】は、本判決が次のように判示からも解るとおり、昭和59年高松高判に従えば、337条1号の「確定判決を経たとき」に当るとして免訴とされるべき事案だった。
所論は、確定判決の一事不再理効に関する原判決の判断が、所論引用の高松高判昭和59年1月24日判時1136号158頁(以下「本件引用判例」という。)と相反する旨主張する。
原判決は、本件起訴に係る建造物侵入、窃盗の各行為が、確定判決で認定された別の機会における建造物侵入、窃盗の犯行と共に、実体的には盗犯等の防止及び処分に関する法律2条の常習特殊窃盗罪として一罪を構成することは否定し得ないとしながら、確定判決前に犯された余罪である本件各行為が単純窃盗罪(刑法235条の罪をいう。以下同じ。)、建造物侵入罪として起訴された場合には、刑訴法337条1号の「確定判決を経たとき」に当たらないとの判断を示している。この判断が、同様の事案において、「確定判決を経たとき」に当たるとして免訴を言い渡した本件引用判例と相反するものであることは、所論指摘のとおりである。
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しかし、本判決では、次のように判示して、昭和59年高松高判の立場を変更することを明らかにした。
しかしながら、本件引用判例の解釈は、採用することができない。その理由は、以下のとおりである。
常習特殊窃盗罪は、異なる機会に犯された別個の各窃盗行為を常習性の発露という面に着目して一罪としてとらえた上、刑罰を加重する趣旨の罪であって、常習性の発露という面を除けば、その余の面においては、同罪を構成する各窃盗行為相互間に本来的な結び付きはない。したがって、実体的には常習特殊窃盗罪を構成するとみられる窃盗行為についても、検察官は、立証の難易等諸般の事情を考慮し、常習性の発露という面を捨象した上、基本的な犯罪類型である単純窃盗罪として公訴を提起し得ることは、当然である。そして、実体的には常習特殊窃盗罪を構成するとみられる窃盗行為が単純窃盗罪として起訴され、確定判決があった後、確定判決前に犯された余罪の窃盗行為(実体的には確定判決を経由した窃盗行為と共に一つの常習特殊窃盗罪を構成するとみられるもの)が、前同様に単純窃盗罪として起訴された場合には、当該被告事件が確定判決を経たものとみるべきかどうかが、問題になるのである。
この問題は、確定判決を経由した事件(以下「前訴」という。)の訴因及び確定判決後に起訴された確定判決前の行為に関する事件(以下「後訴」という。)の訴因が共に単純窃盗罪である場合において、両訴因間における公訴事実の単一性の有無を判断するに当たり、
【1】 両訴因に記載された事実のみを基礎として両者は併合罪関係にあり一罪を構成しないから公訴事実の単一性はないとすべきか、それとも、
【2】 いずれの訴因の記載内容にもなっていないところの犯行の常習性という要素について証拠により心証形成をし、両者は常習特殊窃盗として包括的一罪を構成するから公訴事実の単一性を肯定できるとして、前訴の確定判決の一事不再理効が後訴にも及ぶとすべきか、
という問題であると考えられる。
思うに、
① 訴因制度を採用した現行刑訴法の下においては、少なくとも第一次的には訴因が審判の対象であると解されること
② 犯罪の証明なしとする無罪の確定判決も一事不再理効を有すること
に加え、
③ 前記のような常習特殊窃盗罪の性質や一罪を構成する行為の一部起訴も適法になし得ること
などにかんがみると、前訴の訴因と後訴の訴因との間の公訴事実の単一性についての判断は、基本的には、前訴及び後訴の各訴因のみを基準としてこれらを比較対照することにより行うのが相当である。
本件においては、前訴及び後訴の訴因が共に単純窃盗罪であって、両訴因を通じて常習性の発露という面は全く訴因として訴訟手続に上程されておらず、両訴因の相互関係を検討するに当たり、常習性の発露という要素を考慮すべき契機は存在しないのであるから、ここに常習特殊窃盗罪による一罪という観点を持ち込むことは、相当でないというべきである。そうすると、別個の機会に犯された単純窃盗罪に係る両訴因が公訴事実の単一性を欠くことは明らかであるから、前訴の確定判決による一事不再理効は、後訴には及ばないものといわざるを得ない。
以上の点は、各単純窃盗罪と科刑上一罪の関係にある各建造物侵入罪が併せて起訴された場合についても、異なるものではない。
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本判決は、前訴の訴因と後訴の訴因との公訴事実の単一性についての判断は、基本的には、各訴因のみを基準としてこれらを比較対照して行うのが相当であり、訴訟手続に上程されていない常習性の発露という要素について実体に踏み込んで考慮する必要はない、との判断を示した。
その理由として、本判決は、
① 現行刑訴が訴因制度を採用し、第一次的には訴因が審判の対象とされていること
② 無罪とされた訴因についても一事不再理効が生ずること
③ 常習特殊窃盗罪が、本来的な結び付きのない複数の窃盗行為を常習性の発露という一面に着目して一罪と捉える犯罪類型であること
などを挙げている。本判決は、これまで支配的であったと思われる実体法的な視点から公訴事実の単一性を画一的に決めるという見解とは異なる見解に立ち、訴因として構成されたもののみを基準とするという方法により公訴事実の単一性を判断しようとする手法に、実務的・訴訟法的視点を加えている。
「公訴事実の同一性、単一性」は、訴因変更の可能な範囲、二重起訴の禁止の範囲、一事不再理効の及ぶ範囲を画する、刑事訴訟手続全体を貫く最も基本的な概念の1つであり、検察官が審判の対象として主張する訴因が、手続の進展に伴い変容していく場合に、それをどの範囲まで同一の訴訟手続の中に取り込み得るか、という問題にかかわるものである。
その判断基準は、手続の明確性等の観点から、できるだけ形式的になし得ることが望ましいことはいうまでもなく、訴因変更等の場面では、基本的には、検察官の主張たる訴因を基礎に置いて、基本的事実が同一であるか否かという事実的要件(公訴事実の狭義の同一性)、あるいは罪数という法律的要件(公訴事実の単一性)を基準として、公訴事実の同一性、単一性を判断し、訴因の背後にある社会的事実(証拠関係等)は、訴因の記載を比較対照するだけでは判断に困難が生ずるような場合において、副次的に考慮されている。
例えば、現実の訴訟において、前訴、後訴ともに、常習特殊窃盗罪の常習性の点に関する評価を除外して、単純窃盗罪の訴因が掲げられるならば、裁判所は、常習性を基礎づける事実を認知し、これを考慮する契機を持たない可能性がある。しかも、窃盗行為の1つでも確定判決を経由すると、これと常習窃盗を構成する余地のある未解明のものも含む窃盗すべてについて一時不再理効が生じるのでは、被告人に不当な利益を与えることになるし、これを回避しようとすれば、単純窃盗の事案であっても常に徹底的な余罪解明を尽くす必要があることになってしまう。このようなことを考えると、訴因外の事実を常に考慮すべきと考えるべきではない。理由①もこのような趣旨で挙げられたものと解される。
理由①の「現行刑訴が訴因制度を採用し、第一次的には訴因が審判の対象とされていること」という判示は、このような公訴事実の同一性、単一性の意義、訴因変更等の場面における判断方法等も踏まえてのものと解される。
また、無罪の確定判決を経た場合には、無罪とされた訴因は、いわば実体を伴わないものといえるが、この場合にも当該訴因を基準として一事不再理効が生ずると解されている。理由②の点は、このように検察官の主張たる訴因が基準とならざるを得ない場合が存在することを指摘するものであり、実体ではなく、訴因を基準とする考え方の1つの根拠を示したものといえよう。
さらに、本判決は、理由③のとおり、常習特殊窃盗罪という犯罪類型の性質も、本件において訴因を基準とすべき理由として挙げている。常習特殊(累犯)窃盗罪は、一定の要件の下で常習性の発露として行われた窃盗について、それが複数行われた場合でも全体が密接な関係にある1つのものとして包括して一罪とし、一個の加重された刑罰が定められている犯罪類型である(最判昭和55年12月23日刑集34巻7号767頁)。犯罪の構造としては、常習性の要件を除けば、複数の単純窃盗に分解可能であり、その構成単位である窃盗行為は、本来相互に関連性の薄い、独立的色彩の強い犯罪といえる。その一部につき、単純窃盗として確定判決があったがために、その余の単純窃盗(捜査観閲に全貌が明らかになっていない場合が多いであろう)に一事不再理効を及ぼすのは実質的に見ても相当ではない旨の指摘がされており、本判決においても、右のような実質的な観点が考慮されたものとうかがわれる。
以上を前提に、本判決は、本判決との関係が問題となる昭和43年判決について、次のように判示して、昭和43年判決を維持している。
なお、
【a】 前訴の訴因が常習特殊窃盗罪又は常習累犯窃盗罪(以下、この両者を併せて「常習窃盗罪」という。)であり、後訴の訴因が余罪の単純窃盗罪である場合や、
【b】 逆に、前訴の訴因は単純窃盗罪であるが、後訴の訴因が余罪の常習窃盗罪である場合
には、両訴因の単純窃盗罪と常習窃盗罪とは一罪を構成するものではないけれども、両訴因の記載の比較のみからでも、両訴因の単純窃盗罪と常習窃盗罪が実体的には常習窃盗罪の一罪ではないかと強くうかがわれるのであるから、訴因自体において一方の単純窃盗罪が他方の常習窃盗罪と実体的に一罪を構成するかどうかにつき検討すべき契機が存在する場合であるとして、単純窃盗罪が常習性の発露として行われたか否かについて付随的に心証形成をし、両訴因間の公訴事実の単一性の有無を判断すべきであるが(最判昭和43年3月29日刑集22巻3号153頁参照)、本件は、これと異なり、前訴及び後訴の各訴因が共に単純窃盗罪の場合であるから、前記のとおり、常習性の点につき実体に立ち入って判断するのは相当ではないというべきである。
したがって、刑訴法410条2項により、本件引用判例(昭和59年高松高判)は、これを変更し、原判決を維持するのを相当と認めるから、所論の判例違反は、結局、原判決破棄の理由にならない。
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本判決は、昭和43年判決について、前訴が単純窃盗の訴因、後訴が常習窃盗の訴因であり、両訴因の記載自体から常習窃盗罪の一罪ではないかと強くうかがわれる契機があるから、単純窃盗の訴因につき、常習性の有無の心証形成をして公訴事実の単一性を判断することができる場合であるとして、両訴因とも単純窃盗の本件事案とは異なる旨を判示し、本判決との関係でその位置付けを明らかにしている。
訴因の比較対照という判断方法を基本とするとしても、昭和43年の最高裁判例の事案のように、前訴が単純窃盗の訴因、後訴が常習窃盗の訴因の場合(【a】)には、両訴因の記載自体からして常習窃盗罪の一罪ではないかと強くうかがわれるところである。本判決は、右の場合には、単純窃盗の訴因につき、常習性の有無の心証形成をして公訴事実の単一性を判断することができる旨を判示し、昭和43年判例の位置付けを行っているが、このように一罪性を強くうかがわせる「契機」が存する場合において、訴因の背後にある社会的実体に踏み込むことは、本判決が挙げる理由①の訴因制度の趣旨等に反するものではないといえよう。すなわち、一事不再理効の有無といった訴訟条件の存否は裁判所の職権調査事項であるところ、その職権調査の条件は、訴因事実に職権調査を必要とするような「契機」が含まれていることであり、比較対照すべき両訴因に現れていない構成要件要素や訴因が考慮されることはないということである。
この昭和43年の最高裁判例とは逆の場合、すなわち、前訴が常習窃盗の訴因で、後訴が単純窃盗の訴因の場合(【b】)についての判例はないが、同様に考えられるであろう。この類型に属するものとして、いわゆる迷惑防止条例違反(痴漢行為)の事案において、前訴が常習痴漢の訴因、後訴が単純痴漢の訴因の場合において、後訴を免訴としたものがある(最判平成15年6月2日裁判集刑284号353頁)。
その事案は、「常習として電車内で痴漢行為を行なった」旨の犯罪事実(改正前の公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反)により略式命令が発付されて確定した後に、その確定前に行われた余罪となる同様の痴漢行為が「単純痴漢」として起訴され、その略式命令が確定したところ、検察官から非常上告が申し立てられたというものである。
前掲最判平成15年6月2日は、
「原略式命令が認定した各所為は、その態様等に照らすと、別件略式命令で認定された犯行と同様、条例5条1項、9条2項に該当するものとみるべきであり、かつ、別件略式命令の確定する前の犯行であるから、別件略式命令で認定された犯行とともに1個の条例5条1項、9条2項の罪を構成するものであったというべきである。そうすると、既に別件略式命令が上記常習一罪の一部について有罪の裁判をしており、これが確定していたのであるから、原裁判所としては、刑訴法463条1項により、通常の規定に従って審理をした上、同法337条1号により、判決で免訴の言渡しをすべきであった。」
と判示し、原略式命令を破棄し、被告人を免訴としている。
■本件のまとめ■
【1】 前訴の訴因と後訴の訴因との間の公訴事実の単一性についての判断は、
① 訴因制度を採用した現行刑訴法の下においては、少なくとも第一次的には訴因が審判の対象であると解されること
② 犯罪の証明なしとする無罪の確定判決も一事不再理効を有すること
③ 前記のような常習特殊窃盗罪の性質や一罪を構成する行為の一部起訴も適法になし得ること
などに照らすと、基本的には、前訴及び後訴の各訴因のみを基準としてこれらを比較対照することにより行うべきである。
【2】 前訴および後訴の各訴因が共に単純窃盗罪である場合には、両者が実体的には1つの常習特殊窃盗罪を構成するとしても、常習性の発露という要素を考慮すべき契機は存在しないから、前訴の確定判決による一事不再理効は、後訴に及ばない。
【3】 これに対して、
① 前訴の訴因が常習窃盗罪であり、後訴の訴因が余罪の単純窃盗罪である場合
② 前訴の訴因は単純窃盗罪であるが、後訴の訴因が余罪の常習窃盗罪である場合
には、両訴因の単純窃盗罪と常習窃盗罪とは一罪を構成するものではないけれども、両訴因の記載の比較のみからでも、両訴因の単純窃盗罪と常習窃盗罪が実体的には常習窃盗罪の一罪ではないかと強くうかがわれるから、訴因自体において一方の単純窃盗罪が他方の常習窃盗罪と実体的に一罪を構成するかどうかにつき検討すべき契機が存在する場合であるとして、単純窃盗罪が常習性の発露として行われたか否かについて付随的に心証形成をし、両訴因間の公訴事実の単一性の有無を判断すべきである。
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